水もしたたる善い神様 ~沈丁花の記憶~
優月の方を振り返った男たちは、等しく動揺し始める。
それもそのはずだ、優月が弓を構え矢先を向けているからだ。
「こんなばあさんが弓矢なんか使えるはずないだろう」
「そうだ、放っておけばいいさっっ!!」
一人の男の言葉が終わる前に、鋭い風の音が辺りに響き、ドスッという重い音が矢鏡神社の柱に刺さった。最後の言葉を放った男の顔すれすれを素早い矢が走り抜けたのだ。
洗練された弓の扱いに、男たちは言葉を失い、ある者は刺さった矢を。ある者は、次の矢を彼らに向け睨みつける優月を見ていた。
「立ち去れ。矢鏡神社を傷つける物には容赦はしない!」
そう言って、何本かの矢を彼らに向かって射る。
もちろん当てるつもりはさらさらない。威嚇だ。それでも、男たちにとっては充分だったのだろう。
「こ、壊さなくても、この神社を参拝しなければいいんだ」
「そうだな。廃神社にしてやる!」
「祟り神を守るなんて、なんて罰当たりな女だ。蛇神様に呪われてしまえばいい」
男たちは悪態をつきながら、優月から逃げるように山を下って行った。優月が彼らの足音や気配が完全に感じられなくなってから、矢を構えていた腕を下ろした。そして、早足で神社の境内へと向かった。
「……左京様。あぁ、こんなに傷が。ここは柱が折れてしまってる……」
村人たちに押され倒れた隙に、男たちはすでに神社に手を出してしまっていた。そこまでの被害ではないが、壁には刃物で切られた痕が、柱には斧で殴られ折られてしまい、痛々しい姿になってしまっていた。優月はいらわるようにその傷にそっと手を当てた。大切にしてきた神社。彼の新しい家となる場所が傷つけられた事が、悲しくて仕方がなかった。
けれども、それと同時に問題も新たに発生してしまった。
村人たちはここを参拝することを止めて、新たにまた蛇神を祀ると言っていたのだ。
「私が死んだ後は誰がここを守るのだろうか。どうしましょう……」
自分が死んだ後に、この神社が取り壊されるんじゃないか。
その日から、優月にはそんな不安が付きまとうようになっていったのだった。