水もしたたる善い神様 ~沈丁花の記憶~



 そうすれば、自分が左京を覚えたまま他の人間として生き返ることが出来る。そして、矢鏡神社を参拝し続ける事が出来るのだ。蛇神が話した提案というのは、本当に優月が欲しかったものだった。いや、それ以上かもしれない。

 左京様の消滅は防げる。
 今度こそ、自分が守るれる。
 それに、心の中でホッとしていた。

 『ダガ、ソノ願イヲ叶エルタメニハ交換条件ガアルノヲ忘レテイナイカ』
 「その条件というのは何?」
 『オマエノ体ヲ食ワセロ』
 「こんな老いた体を?食べる?」
 『生マレカワリ、25歳デオマエを食ウ。ソノ年デ必ズ死ヌ呪イヲカケテヤル。モチロン純潔ノ体ノママトイウノヲ忘レルナ』
 「純潔のまま二十語歳で生きて、必ず死ぬ。そして、あなたに食べられる。でも、その後は……」
 『五回死ヌマデ記憶ヲ残シテヤロウ』
 「………わかったわ。でも一つだけお願いがあります」
 『我儘ナ人間。人間ダカラコソオマエモ我儘ナノカ。言ッテミロ』


 蛇神からの提案は、優月が拒否などするはずもない、願ってもいなかった好条件だ。
 けれど、1つだけ気がかりな事があった。


 「左京様。矢鏡様に、私が記憶を持ったまま生を受けたと気付いて欲しくない。だから、左京様の記憶を消す事は出来る?」
 『オマエガ蘇ルマデノ僅カナ時間。ソノ時間ハアノ神ニトッテ瀕死状態。ソノ時デアレバ術ヲカケルコトナド容易イ。ヨカロウ、叶エテヤル。ダガ、5回記憶ヲ戻シタ後、オマエノ魂モ食ウ』
 「……それでもかまいません」


 その25年を5回となると100年以上になる。その間に、優月が矢鏡神社に参拝する人を見つけて行けばいいのだ。そうすれば優月が死んだ後も、他の誰から矢鏡神社を参拝していき、彼が消滅する心配はないのだ。
 そうなれば、安心して消滅出来る。

 その時に、彼にもう会えなくなるのはきっと寂しいのだろうけれど、左京を助けられるならば、やるしかないのだ。絶対に彼を守る。
 そして、自分が蘇って25歳で必ず死ぬとなれば左京は、きっと気づいてしまうだろう。優月に何かあると、左京はわかってしまう。そのために、左京の記憶も消してもらう事にした。
 人は死んでしまえばそれっきりなのだ。
 私は死んでからに左京の事を思い出せる。それだけでも、幸せな事なのだ。
 


 「…………お願いします」





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