水もしたたる善い神様 ~沈丁花の記憶~
二十六、
二十六、
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「魂ごと食われる?何で、そんな事をっっ!」
「…………今度は私が左京様を助けたかったから。神様として、沢山の人に慕われて欲しい」
「それで、おまえはいなくなるのなら意味はないではないか!俺は、俺は……」
「大丈夫です。肇くんがいます」
紅月はか細い声でそういうと、苦しそうに咳き込んだ。
そんな紅月を矢鏡は抱きしめるしかない。
自分が知らない所で何が起こっていた?
紅月は優月だった記憶のまま、何回も生きていた。そして、それは左京が消滅するのを防ぐためであり、蛇神と契約をして自ら呪いを体に宿したのだ。命と魂を引き換えに。
一人で生きるのはどんなに寂しかっただろうか。辛かったのだろうか。25歳で必ず死ぬとわかっていてその日を迎える時、彼女はどんなに怖い思いをしていたのか。
想像するだけで、大声を出してしまいそうに胸がざわめいた。彼女の目の前で情けないぐらいに泣いてしまいそうだった。
こんな事、人身御供より酷いではないか。
そんな事をさせておいて、自分はのうのうと神様として彼女を守っているつもりだったのか。情けなくて吐き気がしてくる。愛している人間に助けて貰って、何が神様だ。
紅月が矢鏡に肇を紹介した理由ももう明白になった。
自分が死に、蛇神に魂を喰われてしまえば、矢鏡を慕う人間はいなくなり、今度こそ本当に消滅してしまうのだ。だから、霊感があり、矢鏡を見る事が出来る肇を探し出し、矢鏡に会わせた。死んだ猫を大切にするぐらいだ、人外の存在への理解もあると考えたのだろう。そして、紅月が死ねば、それは遺言となる。そうなっては、肇は矢鏡神社を参拝せざるおえないはずだ。普通の人間ならそうであるはずだし、肇は少し変わり者かもしれないが、きっとその分類の人間のはずだ。
だが、そんな事を矢鏡が望んでいるわけではない。
記憶がなくてもわかる。
参拝してくてる女をいつも大切にしていたのは、優月の面影を感じていたから。
この世界でも幸せでいられるように、守ってやりたいと思ったから。
優月のように、愛しさをもっていたから。だから、紅月に結婚を申し込んだ。
自分でもどうして、こんな事をしようと思ったのかわからなかった。呪いを祓うだけなのに、彼女の傍にいたいと思ってしまった。胸が熱くなる思いをいつも感じていた。
それは、記憶を消さていていても、心のどこかで優月だと本当の左京が叫んでいたのかもしれない。いや、絶対にそうだ。
紅月の傍に居たい。
守るのだ、と。