水もしたたる善い神様 ~沈丁花の記憶~
「優月。…………苦労をかけたな」
「………左京様」
「全ての記憶が消えていなくて、よかった。人間の頃の記憶あったから、今のお前が優月なのだとわかるよ。………何百年も気づかずにすまなかった」
「左京様……私、わたし………」
左京が彼女の頬を手で包み、親指で流れる涙をぬぐってやる。
いつもは温かい彼女の体温は左京と同じように冷たくなっている。震える声のまま、弱々しく優月は左京の名前を呼んだ後、何か言葉を吐息と一緒に発しようとした。
「………優月も紅月も……俺が忘れてしまったおまえも全て、俺は愛しく思っている。これは絶対に本当だ」
記憶なんてない。
確固たる保証もない。
けれど、絶対にどの時代の左京も優月を、優月の魂をもっている彼女を好きだった、と。春に薫ってる沈丁花を見ては、彼女との思い出に耽っていたはずだ。
今の左京と同じように。
「私も、です。だから、とっても嬉しい………」
その言葉を残した後、すぐに優月の表情が歪んだ。胸をかきながら、苦しそうに口を開けて必死に呼吸をし始めたのだ。悲鳴こそ出さないが、顔は青白さが増して、冷や汗が垂れてきている。
「紅月っ!?おい、しっかりしろ」
「だ、大丈夫です……誕生日前はいつもこうなの、で……」
「いつもって…………」
こんなもう過去4回もほとんどこうやって苦しんでいたというのか。自分は優月に何て事をさせていたのだろう。
守りたいと思う。絶対に、彼女の魂を喰われるわけにはいかない。
それなのに、自分の力は弱いままだ。
参拝者が1人増えたぐらいで、弱いままなのだろうか。