水もしたたる善い神様 ~沈丁花の記憶~




 「私が弱いままで、おまえを苦しませているのだな」
 「そ、んな事はありません。左京様は、……2人だけの神様ではないんです。優月も2回もの私も、それ以降の私もずっとずっとお慕いしているのですから」
 「………紅月」
 「それだけで、6人分です。肇君を入れたら7人。それに、私の信仰心は他の人達よりずっとずっと深いと知っていますよね?矢鏡様という神様は、とても優しくてかっこよくて、強いのです。………それを忘れないで」
 「あぁ、そうだったな………」


 そうだ。
 目の前の紅月だけではない。優月から続いた5人の人間が繋いでくれたからこそ、矢鏡神社が今でも残っているのだ。あの時代からもう何百年も経っている。それなのに、廃神社寸前とはいえ、無くならずに昔からその場所に居れるのは、優月の魂を持った彼女たちのおかげなのだ。
 記憶がなくても、必死に守ってくれていたのは考えただけでもわかる。人からも天災からも守り、そして大切にしてくれたのだから。
 そんな自分に力がないはずがない。優月は誰よりも自分よりも矢鏡神社の存続を願い、神様をも幸せになってほしいと願ってくれていたのだから。

 それに気づいた途端に、体から力が湧き出てくるのを感じた。
 冷たくて仕方がなかった自分の体だが、何故だが中心から熱いすぎるほどに熱を感じた。あぁ、これが神の力なのだな。そんな風に矢鏡は思った。



 「ありがとう。これで、蛇神の呪いからおまえを守って、紅月っ!?」
 「い、痛い。体が引き千切られそうっ!!うぅ…………」


 必死に我慢してきただろう紅月の悲鳴が、いとも簡単に何度もあがる。
 胸を抑えて、矢鏡の腕の中でバタバタと暴れ始める。先ほどと様子が違いすぎる。明らかに異変があった。
 と、それと同時に毒々しい真っ黒な気配を感じ始める。雰囲気だけで体が震えてしまい、逃げ出したくなるほどの威圧感。そして、肌に細かい針が刺さっているような痛みが矢鏡を襲った。

 その深いな感覚は、覚えがある。忘れたくても忘れられない、強烈な恐怖。そして、怒りが込み上げてくる。今すぐにでもその正体のモノに飛び掛かってしまいそうになる。



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