水もしたたる善い神様 ~沈丁花の記憶~



 それもそのはずだ。
 紅月の心臓がある部分から始めは線香の煙のようなものが出始め、その後は焚き火から出るもくもくとした黒い煙のようなものが現れたのだ。
 それは、次々に空中で連なった後、蛇行しているように細い山道のようになった。けれど、その幅もどんどん大きくなり、気づけばあの憎き姿に変わっていた。

 黒かった雲は白に代わり、目と舌は赤く染まっている。

 あの頃と何も変わっていない。
 左京が殺した、巨大な白蛇が姿を表したのだ。


 「久シイナ。神ノ端クレ者よ」
 「……おまえはっ!!彼女に何て呪いをかけたんだ……っ!なんて、惨く残酷なことを……。こんな事が神のする事なのか!?」
 「ダカラオマエハダメナノダ。人間ハ神ノ力ガナイト、存在ガナイト生キラレナイノダカラ」
 「馬鹿な事を!神こそ、人間がいなければ価値などないだろう」
 「ソノ考エ方コソ愚カナノダ」
 「人間に呪いをかける神ほど愚かなものはないと思うけどな」
 「弱キ神ガ動物ノヨウニ吠エテモ怖クナイ。ソレヨリイイノカ?セッカク良イ取引ヲシヨウト話スツモリダッタノダガ」
 「……取引だと?」


 散々煽るような事を言っておきながら、取引を持ち掛けてくるあたりが、信用がならない。
 紅月の魂を喰おうとしていた神が何をしようとするのか。
 話しを聞いて惑わせようとしているのだな、と矢鏡は思った。


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