水もしたたる善い神様 ~沈丁花の記憶~
「矢鏡。魂を一度体に戻すよ」
「………龍神。様子を見に来たのか?」
「あぁ。またいい話題が出来たよ。神は暇をしている者が多いからね。神同士の会議の話題どころか、神話にもなりそうだよ」
龍神が笑ながら矢鏡の心臓の部分の肌に人差し指を置く。すると、一気にぼんやりしていた頭が覚醒する。視界も良好になる。目の前には、あの時の水色の肌をもつ龍神の顔があった。肌には綺麗な光を放つ鱗が所々に見えているが、全身は人間と変わらない。にっこりと慈愛に満ちた笑みは、本当に神様なんだなっと思わせる力がある。川のように長く透き通った髪が矢鏡にかかる。さらりとして、冷たい。とても気持ちがいい。
「契約を結んで君は食べられそうになった。それを私が助ける事は出来ない。もちろん、彼女も自分で契約を結んだ。その結果が死であっても、それに私の力は届かないのだ」
「俺はいい。人間である、……紅月もだめなのか」
紅月は、力つきたのか、矢鏡とすぐ傍に倒れていた。頭を合わせ、逆向きに倒れているようで、彼女の苦しむ顔が近くで見る事が出来た。
矢鏡の問いに、龍神はゆっくりと横に振った。
「けれど、彼女は呪いがなくなり、生まれ変わっても昔の記憶を残す事はない。そして、矢鏡。君も魂は体に戻された。神として消滅するが、魂は残る」
「じゃあ、………俺は生まれ変われる、のか?」
「君は、何に生まれ変わりたい?」
そんなの決まっている。
神様じゃない。彼女と一緒に笑いあえる、ぬくもりをわかちあえる。そんな存在になりたい。
一緒に時を生きていきたいのだ。
「人間になりたい………」
「………そうか。わかった。君の願いは私が責任をもって叶えよう」
そういうと、龍神は紅月の頬に触れた。
すると、彼女の呼吸が少し楽になり、うっすらと目を開けた。