水もしたたる善い神様 ~沈丁花の記憶~
プロローグ








   プロローグ




 「香月(こうづき)先生、さようならー!」
 「香月先生、結婚してくださーい!」
 「冗談はいいから早く次の抗議に行こうね。遅れちゃうよ?」
 「はーい!新卒の准教授先生は厳しいなー」
 「講義中に寝なければ厳しくなりなせんよ」
 「はーい!」

 講義のレポートを受け取り、香月は講義室を後にする。生徒が次の部屋に移動するのを見送った後、自分の研究室に戻る。レポートの確認もしたいが、今日はもう1つの講義もあるので、その準備や確認をしたかった。
 香月は大学院を卒業した後すぐに大学で働く事になった。専門は考古学。昔の人々の暮らしを調べるのが好きだった。どんな生活をし、どんな苦労があり、どんな娯楽があったのか。そして、信仰には特に興味があった。神社やお寺などの歴史が昔から好きだったため人より知識が深かった。そのために、大学院での研究も認められて、准教授となったのだ。
 卒業したばかりのひよっこが先生として教壇に立っていいのかと迷ったが、幼稚園の先生や小学校の先生、もちろんそれ以上の学校でも新卒の先生が頑張っている。場所が違うだけだ、と思うようにした。
 毎日が勉強で失敗もあるけれど、自分の好きな事を学生に教えられるのは楽しい日々であった。


 新卒といわれるのももうおしまいで、もうすぐ春が訪れる。
 社会人2年目になるのだ。

 まだまだ寒い日が続くが、この時期になるとどうしてかソワソワする。その理由はわからない。

 自分でつくったお弁当を持ち、早めの昼食をとることにした優月は、中庭へ移動した。
 まだひんやりとした空気のせいか、外で食事をする学生は少ない。緑にかこまれたベンチに座り、お弁当を開けようとした時だった。


 「え、……沈丁花の香り?」

 

< 133 / 136 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop