水もしたたる善い神様 ~沈丁花の記憶~
香月が務める大学には沈丁花の木は植えられていなかった。
けれど、自分が大好きな沈丁花の香りが確かに香ってきたのだ。香月は、誘われるように昼食を中断してその香りの追った。その香りは、どうやら裏庭から漂ってきた。もしかして、裏庭に新しく沈丁花が植えられたのだろうか?それならば、休憩は裏庭でとることにしなけらば。そんな風に思って裏庭に向かって駆け出した。
「おっと!」
「ご、ごめんなさい」
「いえ、こちらこそ………」
必死になって走りすぎたのか、誰かとぶつかってしまった。
冷たい感触。シャツに何故か水がしみ込んでいるのがわかった。
起き上がり、顔を上げる。その瞬間に、ドクンッと大きく胸が鳴った。そして、何故か胸の奥が苦しくなり、涙が込み上げてきた。
そこには銀色の髪に金色の瞳の男子学生が立っていた。背が高く、何故か髪が濡れている。そこまで見たあと、フッと体をみると何故か上半身が裸でしたは水泳パンツをはいていた。鍛えられた体はとても男らしく、それでいて顔はとても整っている。異国風の雰囲気もある男子学生。
そういえば、裏庭には水泳部の室内プール場があったな、と思い出す。全く近寄らないので忘れてしまっていた。どうやら、プールを利用していた学生とぶつかってしまったようだ。
けれど、どうしてこんなに胸が苦しくなるのか。香月にはわからず、必死に涙を堪えていた。
「あー、服濡れちゃったか。どうしよう。俺のトレーニング用のTシャツなら貸せるけど」
「………」
「ねぇ、話聞いてる?あ、もしかして水もしたたるいい男ってやつで、見惚れてた?」
「な!先生をからかわないでください!」
「先生なんだ。へー、知らない先生だな。ま、いいや。Tシャツ貸すから、こっち来て」
ひんやりとした手が優月の手を掴む。
その右手の薬指にはシルバーのリングがあった。あぁ、こんなにもイケメンなのだ、恋人ぐらいいるよね。と、落胆した気持ちを感じ、また、何でそんな気持ちになるの?と自分でつっこみを入れたくなる。
この男子生徒といると調子が狂う。
が、そのシルバーリングの柄を見てハッとした。
「………沈丁花?」
「え、先生、沈丁花好きなの?」
「好きっていうか、生まれた時何故か指にこの指輪がはまっていたみたいで。気になって………」