水もしたたる善い神様 ~沈丁花の記憶~
「うん……本来の沈丁花より少し甘すぎる気がするが、いい香りだ」
「ッ!!」
クンクンッと紅月の首筋に、矢鏡が鼻を近づけて匂いを嗅ぎ始めたのだ。
突飛な行動に、紅月は呼吸が止まりそうになり、体がビクッと震えた。
甘い沈丁花と落ち着いた木の香りである沈香が混ざり合い、薫りが鼻先で溢れかえる。
まるで2人が混じり合っているような感覚に、一気に体温が上がる。
「や、矢鏡様ッ!近いですッ!!」
先程からの密な距離。
男性慣れしていない紅月にとって、もう我慢の限界だった。
気づくと、大きな声を出して矢鏡の体を思い切り押してしまっていた。
突然の行動に、矢鏡も体をよろけさせながら後退し、驚いた表情で紅月を見返していた。
「紅月?一体どうした?」
「距離が近かったもので………。いくら夫婦になったばかりだといえど、急にそんな事をされては困りますッ……!」
顔を背けながら、早口で抗議する紅月を落ち着いた態度で、見つめる矢鏡。
そんな様子を見た後、何故か満足気に微笑みを零した。
「なんだ、照れているのか?顔が真っ赤だぞ?」
「なッ!?それは矢鏡様があんなに近寄るからで」
「なるほど。先ほどの話は本当だったんだな。どうやら、男性慣れはしていないようだ。安心した」
「や、矢鏡様ーッ!!」
神様は何とも強気で勝手なのだろうか。
やはり、人間とは違う存在なのか。
その後の夕食では、矢鏡のハンバーグだけがやけに小さくものがよそわれて出てきたのだった。