水もしたたる善い神様 ~沈丁花の記憶~
やはり、予想通りの言葉が返ってきてしまった。耳なし芳一の主人公のように、体にお経を書いていくと言うのだ。
「それは、洋服の上からじゃないです、よね?」
「肌に直接書かなきゃ意味はないだろうな」
「そ、それは無理です……」
「恥ずかしさを我慢するしかないだろう。命を失うよりいい」
「んーーー……!!」
矢鏡が言っているはもちろん理解している。
呪いにより死ぬ運命なのだから、裸になるぐらい堪えなければいけないのはわかる。けれど、矢鏡の前で全裸になり、筆で肌にお経を書かれるのだ。想像しただけで恥ずかしさで体が震えてしまう。
子どもの頃、「売り切れなんだから、我慢しなさい」と言われた時と同じぐらいに何故か納得できない。
「墨や筆を準備しておく。紅月は、服を脱いで」
「………」
「ん?……紅月?」
「…………矢鏡様のエッチ」
「えっち?なんだ、それは。どういう意味だ?」
「や、やらしいという事です。……破廉恥です!」
紅月は顔を真っ赤にさせながら、うつむいたまま大きな声で抗議をする。
その声はいつもより部屋の中に妙に響き、音が残ったように感じる。が、それはきっと急にその場が静かになったからだろうか。紅月の言葉の後、矢鏡は何も言わなかったのだ。
そして、反応がないことに少し自分が言いすぎたのではないか、と次第に紅月は不安になってしまう。
彼は紅月の残り少ない命を思って考えてくれた作戦なのだ。
それなのに、いくら裸になれと言われたからといって、少し冷静さを失っていたのではないか。そんな風に不安にになってしまう。
恐る恐る顔を上げる。と、そこには紅月の顔がうつったのか。真っ赤になった矢鏡の顔を目に飛び込んできたのだ。あれほど真っ白だった顔が、真夏の炎天下の日に海水浴に行った時のように見事な赤に染まっている。
「や、矢鏡様?ど、どうしたのですか?」
「おまえがだけが恥ずかしいわけじゃないのだぞ。俺だって、人間の娘の裸をみるのは望んで行うわけじゃないのだッ!!」
「は、はい………」
「………けど、少しだけ我慢をしてくてくれ。俺は、紅月を助けたい。俺の力が強ければ、こんな事をしないでも呪いを払えたんだが、今は無理なんだ。力不足で。だから」
「矢、鏡様……」
始めは恥ずかしそうに声を荒げていた矢鏡だったが、すぐに冷静になり落ち着いた口調に戻っていった。それと共に、切実な声音になるのだ。
紅月に対しての申し訳なさと自分の力の足りなさを恥じているような様子だった。