水もしたたる善い神様 ~沈丁花の記憶~
「今度生まれ変わってこの世に生をうけた時は、呪いなど無縁の場所で生きられるよう私も祈ろう」
矢鏡が目を瞑り、青い蛇の成仏を願おうとした。その瞬間に、蛇の声が頭の中に響いた。
『祟リ神メッ!早ク消滅シテ村カラ去レッ!』
「ッ!!」
呪いの言葉にハッと目を開けた時には、手のひらのいたはずの青大将は光りつつまれて、消えていた。きっとあの世へと渡ったのだろう。
最後の最後まで矢鏡への呪詛の言葉を吐きながら。
「俺……への呪詛?その呪いの蛇が、何故、紅月についている?」
彼女の名前を言葉にした途端に、沈丁花の香りが辺りに強く漂ってくる。
今は眠りの世界。きっと矢鏡の事を彼女が呼んでいるのだろう。導かれるように、薫りがする方へと手を伸ばすと、薄暗かった世界に天使の梯子が下りてくる。
夢から目覚めの時がやってきたのだ。
考えるのは後にしよう。きっと、紅月は心配しているはずだ。
矢鏡は、目を閉じて沈丁花の香りに誘わるままゆっくりと歩きだした。
〇〇〇
「紅月?おい、おはよう……って夜か。今、昼寝をしたら夜寝れなくなるぞ」
耳元で1日聞くことが出来なかった声が聞こえた。まだ、夢の中にいるのかとも思った。けれど、どうも近くから聞こえてくるし、沈花の香り、深くなっているような気がする。
紅月が目を開けようと、瞼を震えさせると、小さくて冷たい、氷りのような感触を額に感じた。すぐにそれの正体がわかった紅月は、ハッとして急いで目を開けた。
すると、鼻と鼻が触れあいそうなほど近くに矢鏡の整った顔があり、まつげが動く度に音が聞こえそうだった。彼の琥珀のような瞳には、目を丸くして驚いた寝起き丸出しの自分の姿が映っていた。
「矢鏡様っ!目覚めたのですねっ!」
「……今が夢の中にいるようだがな」
「え……」
「いや。……心配かけたな」
寝てしまっていた紅月を見下ろすように、ベットから体を起こした矢鏡は、繋いでいた手を見つめながら優しく語りかけてくる。紅月は、恥ずかしさから咄嗟に手を離してしまうと、矢鏡は少しだけ寂しそうにしたように感じた。彼を悲しませてしまった。そう思った紅月、咄嗟に話を変えてしまった。」
「紅月。落ち着いて。俺はもう平気だから、ゆっくり説明する。それよりも、まずはおまえだ。紅月は大丈夫か?」
「は、はい。私は大丈夫です……」