水もしたたる善い神様 ~沈丁花の記憶~



 動物だと思って近づいたが、そこから言葉が聞こえてので、矢鏡は思わずビクッと身体を揺らした。
 誰がこんな山奥に。草むらで罠にかかり転んでしまったのか、その人物は膝をさすりながらゆっくりと立ち上がった。
 そこには小柄の女性が、顔を顰めながら立ち上がっていた。


 「………おんな?」
 「こんな所に縄を張り巡らすなんて危ないじゃないの。誰が、こんな事を……」
 

 不自然な所で言葉が止まったのは顔を上げた女が矢鏡に気付いたからだ。
 弓矢を持って構えている姿を見て、驚愕から恐怖へと変わる。その変化に気付いた矢鏡はすぐに腕を下ろして構えをといた。

 長い真っ黒な髪に、少し焼けた肌。大きな瞳はとても澄んでおり夜空のようにキラキラと光っている。この国に住む人間らしい姿。矢鏡がずっと憧れている黒髪黒瞳の人だ。年は20前後だろうが、身長が低めのためにもっと若く見える。
 無言のままにジッと見つめていると、その女は目を吊り上げたまま矢鏡の方へずかずかと歩いてくる。目の前までやってくると、矢鏡を見上げながらも睨みつけていた。身長はこの女の方が小さいというのに、何故か迫力がある。小動物が牙を出して威嚇するよりも、だ。


 「あなたがこんな物を仕掛けたのね!?ちょっと、あの罠危ないじゃない!動物は怪我したら自分で治しないのよ!あんな罠はあんまりよ。それに、人に向かって矢を向けてくるなんて危険だって教えて貰わなかったの?いい大人なのに、恥ずかしくないわけ?」
 「あ、あぁ………」
 「何?どうして黙ってるのよ?何か理由があったら言いなさいよ」
 「……す、すまない。俺が悪かった」


 人間の女と買い物以外で話したこと何てなかったし、山に籠るようになってからは、誰かに怒られる事もなかった。そのために、矢鏡はこんな時にどう反応していいのかわからずに、女が言った事に素直に謝るしかなかった。
 すると、その女は矢鏡の反応が意外だったのが、目を大きくした後に申し訳なさそうに、目を伏せた。




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