水もしたたる善い神様 ~沈丁花の記憶~
「矢鏡神社」
「それって、私が小さい頃住んでいた場所の山奥の……」
「それは覚えているのか」
「覚えています。毎日のようにお参りに行っていたので」
「俺はその矢鏡神社の神だ。その神社がある山や周辺を守る神様って事だ」
確かに紅月はその神社の事を知っていた。
昔住んでいた村は山と川に囲まれた田舎にあった。今は実家を出て、その矢鏡神社がある村からは離れた街で住んでいる。そんな紅月を探して、わざわざその神様が目の前に姿を現している。
どうして、自分の元へとやってきたのか。本当の理由はわからない。
それに、先程から自分には紅月しかいない、という言葉も気になる。
おにぎりと一緒に買った緑茶のペットボトルを一口飲んだ後、矢鏡神社の神様は遠くで怪しく光る月を見つめながら話始めた。ここから見えはしない遠い自分の神社を見つめているかのように綺麗は瞳を細めている。
「あの神社の事を思い出してみろ」
「えっと。すごく古くて、今にも崩れそうな感じでした」
「そう。あの神社は死んでいるようなものだ」
矢鏡神社は村を見渡すように、高い山の中腹建てられていた。
とても小さな境内で、有名な神社のように立派な作りではなかった。が、それだけで神社が死んでいるというわけではもちろんないのだ。
廃神社のように、ボロボロで本当に神様がいるのだろうか。そう思ってしまうほど古いのだ。石で出来た鳥居は所々が欠けており、崩れている。本殿は木製であるが、全体的に傾き、木が腐っているようだった。注連縄も古びておりそこから垂れているカミナリ型の#紙垂__しれ__#も4つあるはずが、破れたりどこかへ飛んで行ったりしたせいか、黒ずんだ2枚の紙垂だけが揺れていたのを紅月は覚えていた。
そんな矢鏡神社を参拝するものはおらず、村の人間をその場で見た事はなかった。
村の住民に大切にされていなかったのだ。