水もしたたる善い神様 ~沈丁花の記憶~
そんな事を目の前の彼に言えるはずもなく、言葉を詰まらせる。
けれど、紅月が飲み込んだ言葉は神様が変わりに答えてしまう。どうやら顔に出ていたようだ。
「酷かっただろ。もうすぐにでも倒れそうなほどな」
「それは、そうでしたが……」
「神って存在は、人間から信仰がなかったり忘れられたらおしまいなんだと。俺の神社を訪れて「ありがとう」って言ってくれているのは今や、おまえだけなんだ」
「………」
「だから、だ。おまえに死なれたら、俺も消滅するってわけだ」
「私が死んだら、神様も消えちゃうんですか?」
「そういう事だ」
自分は呪いにかかっていて近々死ぬ。
そして、私しかお参りをしていない神様も紅月が死んでしまうと、消えてしまう。
非現実的な事のはずなのに、紅月は「そうなのか」と納得してしまっていた。
その理由だけは、紅月だけが知っている。
「おまえも死なず、俺も消えない。そして、こんな美形な神様の嫁になれるんだ。断る理由などないだろ?」
やはり神様という存在は少し自信家な部分があるのだろうか。
確かに目の前の神様は人ならざぬ存在であるし、儚く神秘的な美しさと蠱惑的な色っぽさがある。透けるような肌と髪、長い睫毛のせいで少し陰りがある瞳は光がなくても輝いてみえる。
どこからどう見ても美青年だ。
それに死は怖い。
その先にあるものも、全てが。
断れるはずがない。
「……私は死ななくていいのですか?」
「あぁ。俺も端くれだとしても神だ。守ってみせよう。俺が守る唯一の人間なのだから」
「では1つだけ、許してくれるならば。私をお嫁にしてください」
「なんだ?言ってみろ」
この1つは、きっと1つではないだろう。
だからこそ、話しておかなければと思った。
神様に知られてしまう前に。
「私は1つの嘘をついてます。それだけ、お許しいただければ、その条件をぜひ飲ませてもらいます」