水もしたたる善い神様 ~沈丁花の記憶~
そう。肇に群がっている猫たち。
それらは全て、死んだ猫たちなのだ。死んだ原因などわからないが、この世界に魂が残っているということは、しっかりと供養されていないという事なのだろう。だが、肇という男の周りにいる猫たちは悪い気が感じられず、ただただ人間と関わりたいという気持ちが伝わってくるだけだった。
肇本人も別段困ってない様子なので、祓う必要もないようだが。
「元々猫が好きなんすよねー。でも一人暮らしでそこそこ仕事も忙しいと生きてる猫は飼えないからさ。舞台で遠征も多いし。だけど、他の人が見えないなら仕事場にも遠征にも連れて行けるでしょー?だからいいかなーって。こいつら餌の取り合いもしない良い子だから助かってるよ」
「え、仕事場に連れて行ってるの?」
「ついてくるから仕方がないんだ。まぁー、おかげで「現場に猫の鳴き声がする」って心霊現象化して問題になったこともあったけどね」
「見えなくても感じたり、声だけ聞ける人もいるからね」
「だが、問題がないなら別に俺は関係ないんではないか?」
矢鏡がそう言うと、2人は同時に焦り声を上げて矢鏡を止めた。
「そんな事ないですッ!」
「俺、困ってはいないんですけど、知りたいんですッ!」
この2人は自分に何か隠しているな。それは何となくわかったが、それが何かはわからない。
けれど、どうしても肇と話をしなければいけないらしい。矢鏡はため息をつきながら、肇の方を見た。
「………わかった。で、何を聞きたい?」
「えー、えっと……死んだ猫に懐かれる原因っすね」
「そんなのは簡単だろう。猫だって死んで仲間や人間と関わりたくても見て貰えなくなった。寂しいんだよ。そんな時に、猫が好きでしかも自分を見える人間がいたんだ。そりゃ近づきたくなるだろう。しかも、他の死んだ猫も一緒にいるとなれば、悪い奴じゃないと安心もするしな。猫仲間も増えれば人間もいる。そして、エサまで与えてくれる。死んだ猫にとって、好条件ではないか」
「な、なるほど。でも、この猫たちは成仏したくないんすかね」
「今は幸せそうでもあるがな。成仏するにこしたことはないだろうな」
「そうっすよねー」