水もしたたる善い神様 ~沈丁花の記憶~
困った様子で腕の中の白い猫を撫でる。
どうやら、成仏させるか、そのままにするのかを迷っているようだ。そうやって真剣に悩むほどに死んだ猫に愛着を持っているのだろう。餌を分け与えているぐらいだ、本当に猫が好きなはずだ。
「そんなに悩む必要はないだろう。今は、まだこの世でやりたい事があるのだろうからな。満足したら、きっと自分で行くべき場所へ帰る」
「勝手に成仏出来るもんなんですか?」
「あぁ。心配しなくていいだろう」
「あー、猫が1匹少なくなって、どこに行ったんだろうって思ってたんっすよね。じゃあ、成仏したのか」
「恐らくそうだろう。おまえが、猫へ何もしてないのなら」
「めちゃくちゃ懐いてた子だった。じゃあ、満足したのか。あー、でも、こいつら全員が満足したら、誰もいなくなっちゃうのか。それはそれで寂しいな」
「私が見つけたら連れてくるよ。蛙みたいに」
「……蛙?」
会話の途中で、話題にはそぐわない言葉を紅月が発したので、つい聞き返してしまう。
すると、「やっぱり神様も気になるっすよね」と、肇は勢いよく声を上げる。
「この白猫、紅月ちゃんが見つけて名前をつけたんですけど。蛙っすよ。しかも、目が緑色だからっていう安直な理由で。しかも、蛙って。動物に動物の名前をつける奥さんなんですよ。2人の子どもが出来た時も、気を付けた方がいいっすね!」
「「こ、子どもッ!?」」
肇からの爆弾発言に、矢鏡と紅月は大声でその言葉を重ねては2人で更に顔を赤くする。紅月にいたっては、口をパクパクとさせて、もう何も言えないというほどに固まっている。夫婦なのだから、当たり前の話なのかもしれないが、やはり目の前の男は無神経な人間らしい。
紅月とそんな話も、呪いを祓った時に口づけをしたぐらいで全く夫婦らしい事をしていない2人。それなのに、余計な事を言ってくれたものだ。
そんな様子を見て、肇は「あー、これは全く進んでないレア夫婦だな。こういうの契約夫婦?仮面夫婦っていうんだっけ?」と訳のわからない事を言いながらも珍しいものでも見るかのようにニヤニヤしている。
死んだ者たちが見える肇は、男前で猫好きで、そこまで悪い奴ではないのはわかったが、変わり者だと矢鏡は認識したのだった。