水もしたたる善い神様 ~沈丁花の記憶~



 肇の最後の呟きは、矢鏡の耳に入っていなかった。
 自分の神社に参拝者が現れた。しかも、自分に感謝をしたいと言っているのだ。
 そうなれば、自分に力が入ってくる。1人だけだと微力かもしれないが、それでもないよりはあったほうがいいに決まっている。
 紅月を助けるためには。蛇神の呪いを払うために力は必要なのだ。

 自然と笑みがこぼれる。これで、紅月を助ける事ができるかもしれない。
 いや、絶対に助けてみせる。大切な人なのだから……。
 もし、呪詛払いが失敗したとしても、存在を守ってみせる。どんな方法でも。



 「ふふふ。よかったですね、矢鏡様」


 フッと横を見ると、まだ少し苦しそうではあるが、こちらを向いた紅花は嬉しそうに微笑んでいる。まるで、自分が褒められたり幸せな事があったりした時のような表情だ。どうして彼女が安心したような顔を見せるのか矢鏡にはわからなかった。
 けれど、彼女も喜んでくれるならば、よかったのではないか。
 華やかな笑みに、矢鏡もつられたのか移ったのか笑顔になってしまう。

 一人ほんわかとした気持ちになって浮かれていたのだろうか。いや、そんなことはないと矢鏡は思っていたが、その時の肇の鋭い視線に矢鏡は気づかなかった。





 「そろそろ帰ろうかなー。新婚さんの邪魔しちゃいけないしねー」
 「……それをおまえが言うのか」
 「じゃあ、タッパーに詰めないと!駅までの道わからないでしょ?駅まで送るから」
 「大丈夫っすよー。神様に送ってもらうから」
 「一人で帰れるだろう」
 「まぁ、いいからいいからー」


 変わらぬゆったりとした口調だが、意思は強いのだろう。有無を言わせぬ言い様は、何か意味があるのだろうと矢鏡にもわかった。
 もちろん、紅月にこの男を送らせようとも思っていなかった。体調も心配であるし、ある意味で危険がありそうだからだ。



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