水もしたたる善い神様 ~沈丁花の記憶~
その理由については全くわからない。
けれど、それでもわかる。どうして、紅月を助けようと思うのか。
それは惹かれているものがあるからだろう。幼い頃から一人で神社がある山に登り、一人で本を読んだり狛犬を拭いたりしてくれていた。矢鏡神社が遊び場だったのだろう。そんな頃から矢鏡は勝手に紅月を見てきたのだ。
彼女の矢鏡神社を大切にしてくれる所も、日々を賢明に生きている所を見てきた。そんな彼女の生活の一部に矢鏡神社があるのが嬉しかったのだ。そして、気づけば彼女と同じ人間になれればよかったのに、と思うようになっていたのだ。そう、矢鏡は紅月に少しずつ惹かれ始めていた。
そんな時に、紅月の体に呪いついているのに気づいたのだ。それは少しずつ大きくなっている。それが大きくなるにつれて紅月に死の気が大きくなっていく。
紅月が矢鏡を見えるようになっているのは、紅月の死期が近づいている証拠。死者と同じ立場になりつつあるから見えるようになる。そういう事だ。
昔から死んだ者などは見えるような体質だっただろうが、それがより鮮明になっているはずだ。紅月はそれに気づいていないだろう。肇からは全く死の気配は感じられない。あの男は死んだ者を見る才能が産まれながらになる体質のようだ。紅月と肇の力は違う。
惹かれている女性を助けたい。傍にいたい。
そう思えるのは神という存在になっても同じだ。
それに矢鏡は、神になってもただ死なないだけで、何ら人間と変わりはないように思っている。人への愛しさも孤独も不安も、そして人間との関わりの楽しさも感じられるのだから。
「早く助けてやるからな」
俺の手は氷のように冷たい。
それを彼女は「気持ちいいです」と喜んでくれているが、今は紅月に触れてしまうと起こしてしまうかもしれない。これが人間ならば、ぬくもりを感じさせることが出来ると言うのに。何度そんな事を思った事か。そんな事を考えても無意味だというのに。
言葉にも力がある。言霊という言葉もあるほどだ。
誓いと癒しを彼女に向けて伝えた後、矢鏡はしばらくの間、紅月が少しでも楽になるように、呪いを抑えるために小声でお経を唱え、寝ずに彼女の看病をする事にしたのだった。