水もしたたる善い神様 ~沈丁花の記憶~
「…………矢鏡様、これは」
「卵焼きだ」
「こちらはおかゆ?」
「………それぐらいは出来た」
「こっちはサラダですね」
「野菜を切っただけだがな」
目の前には黒と茶色が目立つ卵だったものと、だまになっているおかゆ、レタスと分厚いきゅうり、不揃いのトマトのサラダ。それらが紅月の前に置かれていた。
まだ疲れた顔をしている紅月だったが、並べられた朝食らしきものを驚きながら見つめている。正直にも美味しそうには見えないはずだが、紅月の瞳はキラキラしている。
「すまない。作れると思ったんだが、この時代の道具には慣れてなくてな。紅月に見よう見まねでやってみたんだが、上手くいかなかった」
「そんな事ないです。すごく、すごく嬉しいです」
「………そうか?」
「はい。いただきます、矢鏡様」
紅月は嬉しそうに箸を持って口に卵焼きらしきもの取り、口に運ぶ。焦げた味しかしないはずだが「おいしいです」と次々に食べていく。美味しいと言われると、嬉しいものなのだ、とこの時に初めて知った。もっと、紅月にも伝えればよかった、と今更ながら思っている。
「卵焼きの甘いのは何を入れればいい?」
「えっと、砂糖を入れればいいんですが。矢鏡様は甘い卵焼きがお好きでしたか?」
「おまえのつくる卵焼きはうまいからな」
「あ、ありがとうございます」
頬を赤く染めて、喜ぶ紅月を見ると、こちらも笑みがこぼれてしまう。
こんなにも幸せそうに笑ってくれるならば、沢山褒めて行こう。そう矢鏡は決めたのだった。
こんな穏やかな日々が続くように、と。