水もしたたる善い神様 ~沈丁花の記憶~
神々の禁忌。
それが人間を呪うこと。だとしたら、そんな罪をおかしてまで、あの蛇神が呪いを施した理由はなんなのか。
想像でしかないが、理由は1つしかないと思われた。
矢鏡が巨大な白蛇を倒したからだ。矢鏡があの女を倒したとき。確かにあの白蛇はこの世に存在していた。神などではなかったが、あの村ではあの巨大な蛇を神様だと崇め、大切にしていたのだろう。いや、頼っていたのかもしれない。
だが、突然その白蛇は人間に殺された。死んで、その後に神として神社で祀られるようになっても、その恨みが残っていたのだろう。だから、同じく神となっていた矢鏡の事を知り、自分の参拝者である紅月を呪っている。
そうとしか考えられなかった。
自分が傷つけられるよりも、大切な者を傷つけられる方が辛いのだと、蛇神が知っていたのであれば、更にたちが悪い。すぐにでも、蛇神とやらを見つけて殴り飛ばしてやりたい。
そんな事を考えていると、目の前に立っていた龍神が「あるいは……」と口を開いた。
「自分から人間に呪いをかけない、でも呪いと同じ同じ事が出来る方法がある。そうすれば、自分が禁忌を犯す事はなく、人間を殺すことが出来るだろう」
「………そんな方法なんてあるはずがないだろう……」
「あるさ。それはーーー」
それの言葉を聞いた瞬間、矢鏡はハッとして石段から立ち上がった。
まさか、そんな事はない。
そう思いたかった。けれど、その言葉を聞いて、脳裏に浮かぶ事があった。
何故、肇に矢鏡神社を参拝させた?
どうして、苦しむ事を隠そうとする?
紅月がついている嘘とはなんなのか?
「答えがわかったら教えてくれないか。それが礼でいいぞ、元人間の神よ。最後まで私を楽しませてくれ」
そう言い残し龍神はクスクスと笑いながら宙に浮き、ゆっくりと消えていく。最後には始めと同じように声だけがその場に響いていた。
その声が消え終わる前に、矢鏡は龍神神社から駆け出していた。