青い夏の、わすれもの。
「うまっ。これ、旨いな」


わたしが1人あたふたしている横で何食わぬ顔をしてさつまくんは大判焼きにパクついていた。

もぉ...ズルい。

平気な顔してるの、ほんとズルいよ。

気づいちゃって意識しちゃってるわたしがバカみたいじゃん...。


「山本も食べたら?それとも熱くて食べられないとか?」

「ば、バカっ、バカにしないで。こんなの全然平気なんだから」


わたしはむきになって大判焼きに大口でかぶりついた。

が、しかし...。


「ふぉっふぉっふぉっ...。あふっ」


想像以上に熱くて舌が火傷した。

口腔外膜もでろんでろんになっているだろう。

あぁ、最悪だ。


「山本ってさ、猫舌だよな?」

「ね、猫舌でもないし。今回はたまたまだよ」

「さあどうだか?」

「いや、本当の本当にたまたまの偶然の奇遇だから」

「はは。同じこと3回も言ってる」


笑わないで、と言いたかったが、なんだか今日はその笑顔が憎たらしく見えなかった。

頑張らなきゃとか、言わなきゃとか、そういう気持ちが張りつめていたけど、その笑顔がピンと張った糸をチョキンっと切ってくれた。

わたしの口元は自然に緩んで、気付いた時には笑い呆けていた。


「何がそんなおかしい?もしかして自分の奇行にウケてるわけ?」

「いいじゃんなんでも。あはは...」


これだけ笑えれば大丈夫だ。

今日これから起こる人生最大で最悪の出来事もきっと乗り超えられる。

大丈夫。

大丈夫、だ。

わたしは自分にそう言い聞かせ、来るその時をただ待つしかなかった。

< 282 / 370 >

この作品をシェア

pagetop