青い夏の、わすれもの。
でも、そのお陰で迷わずに練習室まで来られた。

手ぶらなのに堂々とノックをし、我先に入っていく永瀬さんを見ながら、かなり肝が据わってる人だなぁと感心してしまった。


「澪っ!」

「爽!どうしてここにいるの?」

「はっはっは!それはもちろん澪の応援のためだよ」


異様にテンションが高い永瀬さん。

さすがの山本さんも顔がひきつっている。

私が山本さんに視線を向けたまま数秒経つと、山本さんが私に気付いた。


「深月さん、こんにちは」


私はぺこりとお辞儀をし、距離を縮めた。


「その花束素敵ですね。誰に渡すんですか?」

「えっと、それは...」


見つけてはいるけど、視線を泳がせる。

迷ってる風を装うのもおかしいけど、即答するのも恥ずかしかった。

私がなかなか言わずにいると、永瀬さんが口を開いた。


「トランペットの子じゃないの?あれ?澪、この前なんて言ったっけ?」

「あ~、そっか。さつまくんだね」

「えっ?さつま?」

「正式名称は大楽律くん」

「そうそう。大楽律。で、その彼はどこ?」

「さつまくんなら、今ここにはいない。楽器冷えると嫌だからってわざわざ暑い廊下にいって暖めている」


永瀬さんが私に視線を流す。


「だってさ」


1人で行けってことなのだろう。

うん、そうだ。

ここまで連れて来てもらえたのだから、ここからは1人で頑張らなければ。

私は覚悟を決めて花束を抱える腕に力を込めた。


「じゃあ、私行きますね。山本さん、演奏頑張って下さい」

「はい。金賞目指してがんばります」


山本さんの眩しすぎる笑顔を背に私は歩きだした。

< 51 / 370 >

この作品をシェア

pagetop