青い夏の、わすれもの。
長い廊下の突き当たりにその姿はあった。

専用の布で楽器を拭き、楽器に息を通している。

こうやって温めてるんだ...。

その姿さえも私の瞳には美しく鮮明に映った。

しばらくその姿を見つめていると、彼がふっと顔を上げ、こちらに視線を向けた。


「あっ...」


彼の口が動いた。

私はドキッとしたけど、頭を軽く下げて震える足をぎこちなく前へ進めた。

ここまで来たのだから、渡さないわけにはいかない。

私はぎこちなくだけど、話しかけた。


「あ、あの...練習お疲れ様です」

「うん」


会話はそこで途切れた。

ここからどう繋げば良いのか分からない。

ストレートに渡せばいいのかな?

いや、でも、何か一言...ううん、二言くらい喋らないと。

頑張るって決めたんだから。

私は大きく息を吸い込み、吐き出した。


「が、頑張って下さいっ!」


......あ。


気付いた時には花束を差し出していた。


頑張って下さい...。


たった一言しか言えなかった。


――練習からずっと律くんの音、聴いてました。

――3年間の集大成ですね。良い演奏が出来るよう、陰ながら応援してます。

――頑張って下さいっ!


って、流れだったはずなのに...。


唇を噛み、瞳の奥から溢れてきそうな生ぬるい液体をかろうじて防ぐ。

でも、もういつ決壊しても遅くない。

お願いします。

どうか早く受け取って。


と、その時だった。

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