さよならセーラー服
ジリリリリ、蝉の声が五月蝿く耳に響く。
喉の乾きを感じ、背負ったままでいたリュックから水筒を取り出そうとして、ぴた、と動きが止まる。
忘れていた。ずっと手に握られていたそれにはシワがついてしまっている。
「どーかした?」
左側から不思議そうな声色を孕んだ佐川の視線を感じて。
振り向けば、彼の視線はすでに私の手元に注がれていた。
「お、すげー」
その声と同時、するり、手の内から抜き取られる。
ついさっきまで私の手にあった進路希望用紙は彼の手に移って。
自分の手元に視線を落とし、「さすが」と口角を上げてこちらを見る彼に、思わず顔を背けてしまう。
「そこ、わたしが行きたいとこじゃないよ」
「え? これおまえのじゃん」
ほら、と右上、広瀬詩音、と書かれた名前欄を指でなぞる。
広瀬詩音。それは正真正銘、私の名前だけど。
「やっぱ広瀬が行きたいとこなんじゃないの?」
「……ちがう」
呟きにも似た小さな声。でも、これだけは否定しないと、いよいよ自分自身がなくなってしまいそうで。
第一希望のすぐ隣、全国でも名の知れた大学名に視線を落とし、言葉を続ける。
「そこ、わたしの行きたいとこじゃないんだよね」