フォトジェニックの人魚
「ど平日の昼間っから、サラリーマンが録画回しながら女子高生のロードムービー録ってたら、100パー職質受けるよね」
「妹、って言うしかない」
「職質ついでにラブホとか行く? 私、上手いよ」
「残念、俺は下手なんだ」
「じゃあ帳尻取れるのに、変なの」
自分でも何がしたいんだかわからない。彼女が言う通り、警察に職質を受けたら言い逃れの言い訳一つ思いつかない。ただあの電車の中で彼女の目が自分を捉えていた。逃げる。或いは前進する。その方向がこの瞳だった。彼女の魅力は、かつての彼女であり、ミス慶南の秋月 頼とは別の場所に位置している。
長回しの録画をしても許されるほどに、スマートフォンの容量は空いている。写真はポラロイドやカメラを使うと決めているし、このスマートフォンでは月一に行う実家への連絡と、たまに来る同窓会の案内と、それから蓄積された迷惑メールしかない。その全てを思い切って削除した。日々、繰り返してきた。履歴を削除する。すべてをリセットしたことで、清々しい気持ちに囚われ身包みを剥がした姿では何もかもが軽いと誤認している。脳を錯覚させて自己満足に耽っている。
自分の話だ。
「私、ツナマヨ好きなの。直江さんは?」
「俺は昆布が好きかな」
「あー、ぽいね。なんか昆布っぽい顔してる」
「昆布っぽい顔って何だよ。でも、おかかも好きかな」
「安いネタが好きなんだよ、大体家族でおにぎり買った時に母親の財布の負担考えて、兄弟に明太子とか照り焼きとか譲って自分は安物に徹底する、兄貴の宿命だ」
「俺、一人っ子だよ」
「そうなの? じゃあシンプルに貧乏舌?」
それはおかかと昆布が好きな全国の一人っ子に謝れよ、と伝えかけたら彼女、越野由環はコンビニの調味料コーナーに向かった。スマホで動画を回しながら店内を巡る様子も、動画配信サイトが普及された現代ではそこまで不思議ではない。その為か店員が何度か此方を見ていたが、それっきりで特に気にする素振りもなく見限られた。
彼女はマヨネーズを手に取る。
「何するんだ」
「ツナマヨには、追いマヨでしょ」
「高カロリー摂取でコレステロール値あがっちゃうぞ」
「私何でもマヨネーズかけるの。梅おにぎりにもかけるし、昆布にも、納豆にもかけるよ。たらこも美味しい」
「素材への冒涜じゃないか」
「お金払ってくれる?」
何で俺が、と言う間も無くレジにこのコンビニにある全種のおにぎりの一つ一つを買い占め、スマホを回したままでは叶わない為、一度録画を切ってキャッシュレスで支払う。たかだかおにぎりの為に千円以上使ってしまい、その程度ならいいが、エコバッグに詰めた無数のおにぎりと、一緒に買った炭酸ジュース、俺用のお茶の500㎖ペットボトルを持った彼女が振り返る。