優秀な姉よりどんくさい私の方が好きだなんてありえません!
安島常務は噂を気にしていて、その相手を知っているみたいだった。

「なるほど」

壱哉さんの声が冷たい。
感情の入らない声に杏美ちゃんがびくりと身を震わせた。
怒った所を私は見たことがないけれど、杏美ちゃんは違うのかもしれない。
壱哉さんを見れずにうつむいていると、突然横から強い力で腕を掴まれ、会議資料が落ちて散らばった。

「安島常務。抱き合うと言うのはこうするものですから」

気づいた時には壱哉さんに抱き締められていた。
体が包み込まれて、なんだか心地いい。
タヌキの巣ってこんなかんじなのかな。
それに壱哉さんっていい香りがするなあ―――なんて思いながらいると頭が押さえられて胸のなかに顔を埋められ、声がでなかった。
壱哉さんの体温が伝わってきて、さすがの私も気づいた。
このおかしな状況に。
ま、ま、待って!?どういうこと?
混乱して壱哉さんの腕をガシッとつかんでしまい、抱き合ってるようにしかみえない。

「おっ、お兄様っ!ドン子を離しなさいよっっ!」

「嫌だ」

い、嫌?な、なんで!?

「日奈子も離れたいなんて思ってない」

むぐっと顔を胸に押し付けられて、もがもがとしか声がでない。

「ほらな」
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