悪女と呼ばれた聖女が、聖女と呼ばれた悪女になるまで

発展

 アデライトが領地に戻り、過ごすようになってから一年が経った。それは社交シーズンの開始と、一回目でアデライトがリカルドの婚約者に選ばれた時期を意味する。
 リカルドと同年代の令嬢として、アデライトにも選別の場となるパーティーへの招待状が来たが――父・ウィリアムは「喪が明けたとは言え、まだ我々は妻の死から立ち直っていない」という理由で欠席の文を送った。そうすると、下手に出て来られて邪魔になっては困るからか、それ以上の引き留めはなかった。
 ……それはあくまでも口実であり、事実ではない。
 アデライトとウィリアムが、領地から出ようとしなかったのは――それぞれ、領地経営で忙しかったからだ。



 本人の希望による途中退職なので、領地に戻れるだけで良しとしていた。しかし、流石に気を使われたのか多少の金は貰えたと父から聞いた。
 それ故、ウィリアムは領地に帰った後、農民達の代表を集め、アデライトと共に対峙した。子供なのでアデライトは見ているだけだったが、父は輪作や二毛作、そして薔薇を使った商品について提案してくれた。そして、王家から貰った金で苗や種は用意すること。あと新しい試み故、税は三年間いつもと変えず、収穫が増えた分は農民達のものとして良いと伝えた。
 しかし、これには思わぬ反対が起こった。

「お気持ちはありがたいですが……新しい農法や商品については、やってみたいと思います。ですが仮に収穫物が増えたとしても、ワシらには売る術がございません。それだと収穫が増えても、食べるには限界がありますし。無駄にするだけです」
「なるほど。ならば収めて貰って、売った後の金を渡せば良いだろうか?」
「ありがたい……ただし、売って頂く手数料はしっかり引いて下さいよ? どうも領主様は善人過ぎて、心配になります」
「違いねぇ!」

 そう言ってドッと笑う農民達と、それに怒ることなく黙って許している領主――他の領地では、考えられないやり取りだろう。
 しかし、大臣の座に就いてからはほとんど領地に戻れなかったが、ウィリアムは早くに両親を亡くし領主となったので、領地の者達から育てられたようなものだと母から聞いていた。そのおかげかウィリアムは勿論、娘のアデライトに対しても領民達の見る目は温かい。
 その好意に甘えて、アデライトは領地にある孤児院に通うようになった。寄付もだが、ミレーヌと共に訪れて読み書きの他、女の子には裁縫や簡単な礼儀作法を、男の子には計算を教え出した。成長し、孤児院を出る時に役に立つからだ。

「アデライトが考えた、もう一つの特産物って……孤児を、育てること? 一回目では、裏切られたのに?」

 忙しくしているアデライトに、ノヴァーリスが尋ねてくる。確かに、一回目に手のひらを返されたことを知っている彼には不思議だろう。
 心を読むことなど、神にとっては簡単だと思う。しかし、ノヴァーリスはそうしない。出来ないのではなく、しないのだ。彼女のやり直しを楽しんでいるのもあるだろうが、尊重されているのだと思う。
 一方でアデライトは嘘をつく気もないし、ノヴァーリスに隠し事をする気もなかった。それ故、今回も微笑みながらアデライトは答えた。

「また裏切られたら、それまでです……第一、領民達『くらい』御せないと、国を相手にするなんて不可能ですから」
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