悪女と呼ばれた聖女が、聖女と呼ばれた悪女になるまで

出処

 ……話は、三年前の一月に遡る。
 アデライトは馬車で、孤児院へと向かっていた。
 一年間やっていることなので、ミレーヌとは役割分担が出来ている。そして今日、彼女は教会に向かったので今は別行動だ。馬車の外には馬に乗った護衛がいるし、何より今日はノヴァーリスがいる。いつもは浮いていることが多いが、馬車の中なので今日は向かいの席で大人しく座っている。
 だから馬車に揺られながら、アデライトは思いつくまままに言葉を紡いでいた。
 領地に戻ったアデライトが、再び王都に行くのは十五歳。学園に入学する時だ。
 だが一回目では、アデライトは王都にこそいたがずっと王宮だった。寄付や慰問に出られるようになったのは、学園に入学した後だったしそこまでの間、リカルドは一度もアデライトを誘って出かけようとしなかった。
 だから、アデライトが王宮外の様子を知るのは、新聞や本のみだった。それらは妃教育として、目を通すことを許されていたのである。

「今の私なら侍女達の噂話からも、情報を得られたんでしょうけれど……一回目の時は、馬鹿にされたので使用人達を避けていたんですよね」
「嫌だった……違うか、怖かった?」
「ええ」

 ノヴァーリスからの問いかけに、アデライトは素直に頷いた。
 そう、一回目の時は最初、どうして自分が使用人達に馬鹿にされるか理解出来なかった。貴族の子女ではあるが、家の格で言えばアデライトの侯爵家の方が上だ。それなのに何故、見下されるかそもそも解らず、解らないからこそ恐ろしかった。

「リカルドに嫌われているからにしても、あんな風に悪意をぶつけられる意味が解りませんでした」
「その後……いや、今は解る?」
「ええ……王妃が介入してこなかったから『馬鹿にしていい』と思われたんでしょうね」

 復讐対象ではあるが、王妃に嫌われていたかどうかは解らない。こうして巻き戻り振り返ると、少なくとも衣服はともかく食事と生活は保障されていたからだ。
 もしかしたら王妃は、自力でアデライトが使用人達に認められることを望んだかもしれないが――今、思えば無理難題を押しつけられたとしか思えない。だからこそ、アデライトは今回婚約者になること自体を避けた。

「一回目の時の、己の未熟さには恥ずかしくはなりますが……代わりに部屋で目を通せるからと、新聞や本をくり返し隅々まで読み耽ったことには感謝しています。だからこそ、自分が着られなくてもドレスの流行などを知りましたから」
「そうか」
「ええ……ただ、巻き戻って私はリカルドの婚約者ではなくなり、代わりにサブリナが婚約者になりましたから」

 そうなったことで、一回目と違うことが起きるかどうか知りたかった。それこそ領地の薔薇を使った商品は、アデライトが巻き戻ったからこそ生まれたものだ。あと、王都でのサブリナの評価も気になった。

「ただ流行については、多少は商人達から聞けますが……他の貴族については、内心はともかく形式上は顧客ですから、あまり話して貰えないのです」
「なるほどね」

 商人達の姿勢は素晴らしいが、そうなると他の貴族――と言うか、サブリナについて聞くのは難しい。

「だから、情報源を手に入れようと思います」

 そう言って、アデライトがノヴァーリスに微笑んだところで、馬車は孤児院に到着した。
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