悪女と呼ばれた聖女が、聖女と呼ばれた悪女になるまで
天秤 ※リカルド視点※
王立学園では、夏と冬の長期休暇に入る前。そして年度末である三月に、それぞれ期末試験がある。
今は、入学してからもうすぐ一年――明日の終業式と、春期休暇を終えればリカルドは二年生だ。これまでの間に三回、期末試験があったがリカルドとアデライトは、全て全教科満点だった。更に秋の文化祭と卒業式も、アデライトは生徒会を手伝ってくれた。生徒達は勿論だが、教師達からもアデライトの働きぶりは高評価だった。
「何故、あんな女に!?」
「…………」
サブリナがうるさかったが、ふと思い立ってリカルドは無視をしてみた。サブリナは王宮で家庭教師から指導を受けているのに、どれもやっと三十位前後だったくせに、厚顔すぎると思ったからだ。
普段は愚痴を聞いてやっていたので、無視されたことに動揺しながらもこちらに媚びた視線を向けてくるのが煩わしかったが、とにかく静かにはなった。もっとも、無視に慣れたらまた騒がしくなるので基本、話を聞いてやり月に一回くらいの頻度で無視をしている。
(昔はまだ、可愛げがあったのに……今ではただ、やかましいだけだ)
それにひきかえ、とサブリナの面影を振り払うように、寝台で寝返りを打ちながらリカルドは思う。
アデライトは頭脳明晰な上、美貌も家柄も文句なしだ。リカルドの婚約者を決める頃、不幸にも母親を亡くして領地に戻っていたのでサブリナが婚約者になったが、もしその時に彼女が王都にいれば。
(アデライト嬢が、王宮で私と一緒に暮らしていたのか)
彼女なら、サブリナみたいに愚痴ばかり言って怠けることなどせず、健気にリカルドの為に妃教育を頑張ってくれただろう。そして厳しい母も、アデライトならきっと気に入ってくれただろう。
(……アデライトは、ミレーヌに似ているから)
色彩はまるで違うが簡単な手助けにすらお礼を言う可愛さも、それでいて的確にこちらを支えつつ、決してでしゃばらない聡明さもよく似ている。ミレーヌを追い出した直後はともかく、サブリナに悩まされている今ならきっと。
(いや、しかし……そもそも浮気だと、母上は認めてくれないだろう)
しかし浮上しかけたリカルドの気持ちは、一気にしぼんだ。
息子の目から見て、父母は仲睦まじいという雰囲気ではないが――それでも、父である国王がミレーヌに手を付けたことにあれ程、激怒したのだ。リカルドが婚約者以外に惹かれることを、母が許すとは思えない。
(……ならばせめて、王立学園にいる間だけでも)
同級生として、交流を深めよう。そう思って目を閉じたリカルドだったが次の日、母から思わぬことを言われた。
「ベレス侯爵令嬢は、とても優秀な令嬢なのですってね。一度、会ってみたいわ……春期休暇の時に、王宮に招いてお茶でも飲みながら話をしようと思うの。だから、今日の終業式に招待状を渡してね。あと当日は、二人きりだと気まずいでしょうから、あなたも同席してちょうだい?」
「えっ……は、はい。解りました」
「王妃様!? 何故、あの女を……私とは久しく、お茶会をして下さらないのにっ」
「っ!」
朝食の席だったので、サブリナも同席していた。驚いたのはリカルドもだが、それでも何とか受け答えしたのに――大声を上げた上、立ち上がって不満を訴えたサブリナにリカルドは内心、頭を抱えた。すっかり空気な父も、王妃に歯向かうサブリナに顔を顰めている。
どうしてサブリナはそこまで、母を怒らせることをするのだろう。馬鹿だと思っていたが、いっそわざとなんだろうか?
「朝から、やかましいこと……王太子妃に相応しくなったら、考えるわ」
「……っ……、は、はい……」
案の定、声を荒げこそしないが――冷ややかな声と眼差しを母から向けられて、サブリナは青ざめて椅子に腰掛けた。俯き、恐怖からか悔しさからか制服のスカートの上で握った手を震わせている。
(無様なことだ……それにしても)
もしかしたら、母はアデライトを新たな『お気に入り』にするかもしれない。
そうしたらサブリナではなく、アデライトを王太子妃に出来るかも――思わず喜んだリカルドは、縋るような目を向けたサブリナが刹那、屈辱に顔を歪めたことに気づかなかった。
今は、入学してからもうすぐ一年――明日の終業式と、春期休暇を終えればリカルドは二年生だ。これまでの間に三回、期末試験があったがリカルドとアデライトは、全て全教科満点だった。更に秋の文化祭と卒業式も、アデライトは生徒会を手伝ってくれた。生徒達は勿論だが、教師達からもアデライトの働きぶりは高評価だった。
「何故、あんな女に!?」
「…………」
サブリナがうるさかったが、ふと思い立ってリカルドは無視をしてみた。サブリナは王宮で家庭教師から指導を受けているのに、どれもやっと三十位前後だったくせに、厚顔すぎると思ったからだ。
普段は愚痴を聞いてやっていたので、無視されたことに動揺しながらもこちらに媚びた視線を向けてくるのが煩わしかったが、とにかく静かにはなった。もっとも、無視に慣れたらまた騒がしくなるので基本、話を聞いてやり月に一回くらいの頻度で無視をしている。
(昔はまだ、可愛げがあったのに……今ではただ、やかましいだけだ)
それにひきかえ、とサブリナの面影を振り払うように、寝台で寝返りを打ちながらリカルドは思う。
アデライトは頭脳明晰な上、美貌も家柄も文句なしだ。リカルドの婚約者を決める頃、不幸にも母親を亡くして領地に戻っていたのでサブリナが婚約者になったが、もしその時に彼女が王都にいれば。
(アデライト嬢が、王宮で私と一緒に暮らしていたのか)
彼女なら、サブリナみたいに愚痴ばかり言って怠けることなどせず、健気にリカルドの為に妃教育を頑張ってくれただろう。そして厳しい母も、アデライトならきっと気に入ってくれただろう。
(……アデライトは、ミレーヌに似ているから)
色彩はまるで違うが簡単な手助けにすらお礼を言う可愛さも、それでいて的確にこちらを支えつつ、決してでしゃばらない聡明さもよく似ている。ミレーヌを追い出した直後はともかく、サブリナに悩まされている今ならきっと。
(いや、しかし……そもそも浮気だと、母上は認めてくれないだろう)
しかし浮上しかけたリカルドの気持ちは、一気にしぼんだ。
息子の目から見て、父母は仲睦まじいという雰囲気ではないが――それでも、父である国王がミレーヌに手を付けたことにあれ程、激怒したのだ。リカルドが婚約者以外に惹かれることを、母が許すとは思えない。
(……ならばせめて、王立学園にいる間だけでも)
同級生として、交流を深めよう。そう思って目を閉じたリカルドだったが次の日、母から思わぬことを言われた。
「ベレス侯爵令嬢は、とても優秀な令嬢なのですってね。一度、会ってみたいわ……春期休暇の時に、王宮に招いてお茶でも飲みながら話をしようと思うの。だから、今日の終業式に招待状を渡してね。あと当日は、二人きりだと気まずいでしょうから、あなたも同席してちょうだい?」
「えっ……は、はい。解りました」
「王妃様!? 何故、あの女を……私とは久しく、お茶会をして下さらないのにっ」
「っ!」
朝食の席だったので、サブリナも同席していた。驚いたのはリカルドもだが、それでも何とか受け答えしたのに――大声を上げた上、立ち上がって不満を訴えたサブリナにリカルドは内心、頭を抱えた。すっかり空気な父も、王妃に歯向かうサブリナに顔を顰めている。
どうしてサブリナはそこまで、母を怒らせることをするのだろう。馬鹿だと思っていたが、いっそわざとなんだろうか?
「朝から、やかましいこと……王太子妃に相応しくなったら、考えるわ」
「……っ……、は、はい……」
案の定、声を荒げこそしないが――冷ややかな声と眼差しを母から向けられて、サブリナは青ざめて椅子に腰掛けた。俯き、恐怖からか悔しさからか制服のスカートの上で握った手を震わせている。
(無様なことだ……それにしても)
もしかしたら、母はアデライトを新たな『お気に入り』にするかもしれない。
そうしたらサブリナではなく、アデライトを王太子妃に出来るかも――思わず喜んだリカルドは、縋るような目を向けたサブリナが刹那、屈辱に顔を歪めたことに気づかなかった。