悪女と呼ばれた聖女が、聖女と呼ばれた悪女になるまで

引掛

 入学した頃、アデライトが学生寮を出て聖女像に祈りを捧げていると、リカルド達と遭遇することが多かった。
 けれど、しばらくすると会わなくなり――アデライトが登校すると、サブリナが見せつけるようにリカルドにくっついていたので、彼女が登校時間を変えさせたのだろう。
 しかし、そんなサブリナの目を盗んでリカルドは時折、熱のこもった視線をアデライトに向けるようになっていた。
 それを見ながら、ノヴァーリスはアデライトに声をかける。

「君を見ているよ」
「ええ……彼は、自分のものになったら飽きますから。だから、婚約者にならなかったんです」

 だから前回とは逆に、王太子はサブリナではなくアデライトに惹かれていく。まあ、今の彼女はドレスを買い漁る金食い虫であり、妃教育の進まない厄介者なので当然ではあるが。
 それでも、今までは初日のように絡んでくることなく、アデライトを睨んでくるだけだったが――今朝のサブリナは、違った。

「待ちなさい。話があるの」

 教室へ向かおうとしていたアデライトを、サブリナは待ち構えていた。そして、人目を避けるように階段の影になるところに連れて来られた。

「単刀直入に言うわ。リカルド様が王妃様からの招待状を持ってくるけど、断りなさい」
「えっ? そんな……」
「私に歯向かうの!? あなたは黙って、頷けばいいのよっ」

 即答しなかったアデライトに、サブリナが声を荒げて肩を掴み、揺すってくるが――そんなサブリナを見下ろしながら、ノヴァーリスが肩を竦める。

「馬鹿なんだね。そもそも、断れる訳がないのに」
「……ええ」

 ノヴァーリスとのやり取りは、サブリナには聞こえない。
 しかし、神であるノヴァーリスにも解ることが何故、サブリナには解らないのだろうか? 王妃からの申し出を、貴族令嬢であるアデライトに断る権限はない。たとえ、王太子妃『候補』のサブリナに言われてもだ。

(私が、口を滑らせたらとか考えないのかしら……まあ、私が黙っていても私を見張っている『影』から報告があるでしょうけど)

 だが、このまま言い合いをしていたら遅刻してしまうかも――アデライトがそう思っていると、サブリナの不在に気づいたらしいリカルドがやって来て、サブリナをしかりつけた。

「サブリナ、何をしている!」
「っ、リカルド様、私は何も」
「何もじゃないだろう。アデライト嬢に、そんな風に掴みかかって……サブリナの言うことは、気にしないでくれ。君は、母上にも認められた淑女なんだから」
「そんな……」
「謙遜しないでくれ。これは、母上からの招待状だ。当日は、私も同席するからよろしく頼む」
「……光栄です。こちらこそ、よろしくお願い致します」

 サブリナを無視して話を進めるリカルドに、アデライトは頷いて招待状を受け取った。
 そんなアデライト達のやりとりに、怒りで顔を真っ赤にして逃げ出したサブリナを見送りながら、アデライトは思った。

(……さあ、邪魔者になった私をどうするかしら?)
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