悪女と呼ばれた聖女が、聖女と呼ばれた悪女になるまで
邂逅
ドレスを脱がされ、靴や装飾品を奪われた。
そして、ボロ切れ一枚と裸足で地下牢に押し込まれたアデライトと父・ウィリアムは翌日、処刑されることになった。取り調べも裁判もない。国庫に手を出した、というリカルドの言葉だけで十分らしい。
(ああ、私にねだられたっていうドレスなどの請求書も、証拠になるのかしら……私の部屋には、買った筈のドレスもアクセサリーもないのに)
リカルドとサブリナにとって、いや、国王夫妻にとっても、王室助成金の使い込みに気づいたアデライト達は邪魔だったのだろう。
毛布どころか、水すら与えられなかったアデライトはそう思った。しかし裸足のまま連れ出され、断頭台まで引っ立てられたところで別の目的にも気づいた。
「悪女め!」
「俺らの金を、横領なんてっ」
「お前らみたいな奴がいるから、あたし達が苦労するんだっ」
民達から怒声が浴びせられ、石が投げられる。
……昨年の猛暑と嵐、そして虫害で民達は苦しんでいた。
そんな彼らの鬱屈の捌け口として、アデライト達は利用されたのだろう――彼らの中には、アデライトの寄付や炊き出しを受けた者もいる。しかし、そんなことなど今の彼らの頭にはないのだろう。
(皆、皆……何も知ろうとせず、自分のことばかり)
彼らの為になろうと、思った自分が悔しかった。腹立たしかった。
そんなアデライトに見せつけるように、まず父のウィリアムの首が落とされた。次いで、アデライトも断頭台に押しつけられて頭を乗せた。
そして、その白い首に大きな刃が降ってきて――。
※
確かにあの時、アデライトは死んだ。
だが、気づけば彼女は生きている。しかも、子供の頃に戻っている。
普通に考えれば、夢なのだろうが――とてもそうとは思えず、ショックでその場に座り込んでいると。
「……思い出した?」
「っ!?」
不意に知らない声に話しかけられて、アデライトは驚いて顔を上げた。
長い髪は、淡い綺麗な紫色をしていた。こちらを見ている瞳も、同じ紫だった。
彼女に微笑みかけてきたのは声同様に知らない、けれどひどく美しい二十代前半くらいの青年だった。
「アデライト!」
「……おとう、さま」
「目が覚めたか……良かった……お前にまで、何かあったらと思うと……」
「お嬢様!」
「ベレス侯爵、落ち着いて下さい。奥様の葬儀の後、二日も意識を失っていたのですから……まずは、診察を」
そんなアデライトと青年の間に、父親が割り込んできてアデライトを抱きしめてくる――いや、そもそも青年などいないかのように、話しかけてくる。それは、続いて飛び込んできた侍女も主治医である老人も同様で。
(……どういうこと?)
戸惑うアデライトの視線の先で、部屋の壁にもたれて立っている青年は『内緒』というように、唇に人差し指を当てて笑った。
そして、ボロ切れ一枚と裸足で地下牢に押し込まれたアデライトと父・ウィリアムは翌日、処刑されることになった。取り調べも裁判もない。国庫に手を出した、というリカルドの言葉だけで十分らしい。
(ああ、私にねだられたっていうドレスなどの請求書も、証拠になるのかしら……私の部屋には、買った筈のドレスもアクセサリーもないのに)
リカルドとサブリナにとって、いや、国王夫妻にとっても、王室助成金の使い込みに気づいたアデライト達は邪魔だったのだろう。
毛布どころか、水すら与えられなかったアデライトはそう思った。しかし裸足のまま連れ出され、断頭台まで引っ立てられたところで別の目的にも気づいた。
「悪女め!」
「俺らの金を、横領なんてっ」
「お前らみたいな奴がいるから、あたし達が苦労するんだっ」
民達から怒声が浴びせられ、石が投げられる。
……昨年の猛暑と嵐、そして虫害で民達は苦しんでいた。
そんな彼らの鬱屈の捌け口として、アデライト達は利用されたのだろう――彼らの中には、アデライトの寄付や炊き出しを受けた者もいる。しかし、そんなことなど今の彼らの頭にはないのだろう。
(皆、皆……何も知ろうとせず、自分のことばかり)
彼らの為になろうと、思った自分が悔しかった。腹立たしかった。
そんなアデライトに見せつけるように、まず父のウィリアムの首が落とされた。次いで、アデライトも断頭台に押しつけられて頭を乗せた。
そして、その白い首に大きな刃が降ってきて――。
※
確かにあの時、アデライトは死んだ。
だが、気づけば彼女は生きている。しかも、子供の頃に戻っている。
普通に考えれば、夢なのだろうが――とてもそうとは思えず、ショックでその場に座り込んでいると。
「……思い出した?」
「っ!?」
不意に知らない声に話しかけられて、アデライトは驚いて顔を上げた。
長い髪は、淡い綺麗な紫色をしていた。こちらを見ている瞳も、同じ紫だった。
彼女に微笑みかけてきたのは声同様に知らない、けれどひどく美しい二十代前半くらいの青年だった。
「アデライト!」
「……おとう、さま」
「目が覚めたか……良かった……お前にまで、何かあったらと思うと……」
「お嬢様!」
「ベレス侯爵、落ち着いて下さい。奥様の葬儀の後、二日も意識を失っていたのですから……まずは、診察を」
そんなアデライトと青年の間に、父親が割り込んできてアデライトを抱きしめてくる――いや、そもそも青年などいないかのように、話しかけてくる。それは、続いて飛び込んできた侍女も主治医である老人も同様で。
(……どういうこと?)
戸惑うアデライトの視線の先で、部屋の壁にもたれて立っている青年は『内緒』というように、唇に人差し指を当てて笑った。