The previous night of the world revolution~T.D.~
…俺の、目の前に。

その人は、いた。

いつもの黒い衣装は何処へやら、まるで普通の大学生のような格好をして。

いつもの魔性の笑みは何処へやら、まるで普通の常識人のような笑顔で。

愛用の鎌は何処へやら、赤ん坊をあやすガラガラを持って。

片手に、マネキンで出来た赤ん坊を抱いて。

その人は、そこにいた。

俺は、即座に見間違いだと思った。

ルティス帝国に来たことによって、知らないうちに、あの人のフェロモンに目を侵されてしまったのだと。

しかし、何度目を擦っても、それは見間違いではなかった。

目の錯覚でも、幻覚でもなかった。

隣にいたユーレイリーも、絶句して言葉を失っていた。

な…な…何であなたがここに。

「このように子ども教育学部では、実際に保育園や幼稚園で行なわれている保育を、実習授業で再現して…」

親切な案内人の言葉も、今は頭に入ってこなかった。
 
こんなにも、普通の格好とガラガラが似合わない人間がいるのか。

自分にも子供がいるからこそ、分かる。

こんな人に赤ん坊を抱かれたら、ライオンの前に骨付き肉を差し出すも同然。

食べられるに決まって、

「る、る、るれい、」

その死神の名を呼ぼうとした、瞬間。

俺を見つけたルレイア殿の目が、キラリと光り。

…どす黒い、死神の笑顔に変わった。

思わず、喉から出かけた言葉が、口の中で止まった。

この死神スマイルの前に、言葉を発せられる人間がいるのだろうか。

誰も知らないし、誰にも分からないだろうけれど。

そのとき、俺とルレイア殿の間に、一触即発の暗黒空間が広がっていた。

緊張と恐怖で、全く声が出ません。

代わりに、俺は頭の中で様々な質問をした。

ルレイア殿、何でここに。

何であなたが、そんな普通の格好をして。

ルティス帝国総合大学にいて。

しかも、教育学部で、鎌の代わりにガラガラを持って。

マネキンとはいえ、赤ん坊を抱いているんですか。

人間だったら死んでますよ、その赤ん坊。

ま、まさかルレイア殿の双子の弟説とか、そういう漫画的展開を期待したが。

あんな魔性の笑みと、恐ろしい邪気を放てる人間が、この世に二人といてたまるか。

世界が滅亡してしまう。

すると。

ルレイア殿が、口を開いた。
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