The previous night of the world revolution~T.D.~
勿論、ヒイラ総統は敵組織の頭目なのだから、信用するには値しない。

信用しようとも思わない。

スパイというのはいつだって、疑うのが仕事だしな。
 
しかし。

スパイ潜入云々を抜きにしても、この男は信用ならなかった。

何故なら、向こうも俺のことなんて、ハナから信用していないからである。

それを確信したのは、『裏党』への入党を果たし。

ヒイラ総統とファミレスでハンバーグを食べながら、しんみりとした昔話をした、あの日。

ルルシー先輩への電話を終え、俺は荷物をまとめて、『帝国の光』が所有するという社宅…アパートに引っ越した。

そのアパートが、まぁ、所謂ボロアパートと呼ばれる類の住居だった訳だが。

問題は、そこではない。

四階建てのそのアパートで、俺に充てがわれたのは二階の、右から二番目の部屋だった。

この配置にも、俺は若干の悪意を感じた。

とはいえ、そこまではまだ、偶然の範疇で収められた。

しかし。

俺がボストンバッグたスーツケースを引き摺って、アパートの階段を上っていると(ボロアパートにエレベーターを期待してはいけない)。

アパートの住人達が、その音を聞きつけたかのように、わらわらと現れた。

「新入りさん?こんにちは。何処の部屋なの?」

「あぁ、205号室?私、あなたの右隣に住んでるの」

「僕は左隣に住んでる者です。宜しくお願いします」

「私は三階に住んでるんだよ。一人で大変でしょう。良かったら荷ほどき手伝いましょうか?」

「そうそう、それが良い。俺は一階の、丁度君の真下に住んでるんだよ。近所仲間のよしみだ、荷ほどき手伝うよ」

と、まぁわらわらと、俺を取り囲むように挨拶の嵐。

信じられるか?

温かくて親しみやすい住人の集まり…とか、そういう次元じゃない。

たかが独り者の新入りが入ってきたというだけで。

両隣の住民が、わざわざ向こうから挨拶に来るだけでも驚くのに。

上と下まで。

それだけでなく、アパートの住人全員集結か?と思うほど、住人達がわらわらと出てくる出てくる。

一人一人はにこやかに挨拶し、とても気の良さそうな住人なのだが。

ここが『帝国の光』所有のアパートでなかったら、良いところに引っ越してきたと思うのだろうな。

いや…思うか?

親しみやす過ぎて、むしろ不気味だろう。

まるで、あなたが来るのを待ってましたと言わんばかり。

それどころか、荷ほどきの手伝いまで申し出てきたのだ。
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