The previous night of the world revolution~T.D.~
普通、有り得るか?

そりゃ俺は独り者だが、独り者故に、それほど多くの荷物を持ってきた訳ではない。

ましてや、大きな家具家電は、アパートに備え付けてあるというのに。

精々、デカいボストンバッグと、スーツケースが一つという荷物の荷ほどきくらい。

誰の手を借りずとも、一人で出来るだろう。

それなのに。

家族や友達が手伝うならまだしも、出会ったばかりの近所の住人達が、「荷ほどき手伝いましょう」と申し出るとは。

「あなたがここに何を持ってきたのか、見せてください」と言ってるようなもの。

スパイとして潜入する上で、住人達との関係は、良好に保っておきたいところだが。

さすがに、荷ほどきまでは勘弁してもらった。

「もう時間も遅いですし、これくらいなら自分で出来るので、大丈夫です」と、努めてにこやかに、かつ丁重にお断り。

断ったときの、住人達の失望したような表情が、まだ忘れられない。

しかし、さすがに家の中にまでは、踏み込んで欲しくなかった。

少なくとも、今は。

で、俺は誰の手を借りることもなく、一人で荷物を運んだが。

ボロアパートあるあると言うか、まぁ、俺が本気になったら、開けられない鍵なんてこの世にほとんどないのだが。

アパートの鍵は、素人がヘアピン突っ込むくらいで、あっという間に開けられそうな、安っぽい代物だった。

成程、これなら合鍵を作るのも簡単そうだな。

と言うか、もう既に持っているのだろう。

大家だって『帝国の光』の党員なのだから、マスターキーを使えば、俺がいない間にいつでも侵入出来る。

そして。

そんな安っぽい鍵を開けて、中に入ると。

なんとも見晴らしの良い、一人暮らし用のワンルームアパートが、そこにあった。

「よいしょ…っと」

俺は荷物を部屋の中に運び入れ、わざとらしく腰に手を当てて、伸びをするようにぐるりと首を回した。

部屋の四隅を見る為だ。

天井に貼り付けるタイプの電灯、部屋全体を見渡せる位置にある、安っぽいエアコン。

椅子を置かなければ手が届きそうにない、いやに背の高いクローゼット。

成程。

いかにも、素人が考えつきそうなポイントが、いくつもある。

何のポイントかって?

…監視カメラポイントだよ。

まぁ、俺みたいなプロなら、そんな分かりやすいところにはつけないがな。

精々、デコイとして利用するのが関の山。

とりあえず。

俺は、自宅に帰っても安息の瞬間など一秒たりともない。

と、いうことが分かった。

この部屋には、備え付けの家具がある。

そしてこの家具には、備え付けの盗聴器や盗撮器がくっついていると思って良い。

俺の仮面の勘がそう言ってる。

いやはや、家具盗聴器カメラ備え付け住宅とは、なかなか斬新だな。

住心地最高、と言ったところか。
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