The previous night of the world revolution~T.D.~
「…ふー…」

『赤き星』の部室を前にして、私は一つ深呼吸をした。

怖いか?と聞かれたら、怖くない訳ではない。

でも、おかしな話だ。

恐れるべきものなんて、私にはない。

ルリシヤやルーチェスが、単身『青薔薇連合会』に乗り込んできたとき。

あのときの、二人の度胸に比べれば。

政治思想を拗らせただけの、素人の若者集団なんて。

本物のマフィアである私にとっては、そこらの悪戯小僧も同然だ。

何も怖くなんかない。家族を奪われること以外は。

だから。

私は、意を決して『赤き星』の部室の扉をノックした。

待つこと十数秒。

神経質そうな顔をした学生が、扉を開けた。

「…何か用ですか?」

室内から、ピリピリとした緊張感が伝わってきた。

ルーチェスが行方を眩ませたことで、『帝国の光』でも一悶着あったらしいけど。

当事者である『赤き星』にとって、ルーチェスの失踪は、組織全体を揺るがすような大事件だったのだろうな。

何せ、自分の組織から、裏切り者を出したのだから。

『青薔薇連合会』でも、裏切り者の存在は決して許されない。

『赤き星』でも、それは同じなのだろう。

だが、ルーチェスは私達の仲間だ。家族だ。

家族には、絶対に手出しはさせない。

悪いけど。

優位に立て。相手より常に。ルレイアのように。

私の大好きな、彼を見習うんだ。

故に、私は毅然として言った。

「学生会から来ました。同好会委員のルナ・エーオスと言います」

「…」

「同好会委員を代表して、こちらの皆さんにお話があります。サークルリーダーの、サナミアさんはいらっしゃいますか?」

「…」

私が捲し立てると、彼は私を胡散臭そうにじっと見つめ。

しかし、私が印籠のように、昨日もらったばかりの学生会の名札を、首からさげているお陰か。

「…どうぞ」

門前払いを食らうことはなく、中に入れてもらえた。

そして、『赤き星』の部室に入って。

私は、そのあまりのプレッシャーに、本当に敵組織に乗り込んだときを思い出してしまった。

『厭世の孤塔』に、負けず劣らずじゃないか?と思うくらい。

それくらい、殺伐としていた。

ルーチェスがいたときも、こうだったのだろうか?

だとしたら、この中で一人スパイとして潜入していた彼が、どれだけ苦労していたかが分かる。

それとも、ルーチェスがいなくなったから、これほど殺伐としているのだろうか。

いずれにしても、私のやるべきことは変わらない。

サナミア・エクシールは、部屋の一番の奥の椅子に座っていた。

「あなたが、サナミアさんですか?」

尋ねる必要はない。

ルーチェスが入手した写真で、サナミア・エクシールの顔は把握している。

だが、あくまでこちらは初対面の振りをしなくては。

「…そうだけど。私に何か?」

サナミアの声は、驚くほど低く、そして冷たかった。

「同好会委員の、ルナ・エーオスと言います」

「同好会委員が、ここに何の用?」

あからさまに嫌悪されている。

サナミアだけじゃない。室内にいる別のメンバー達も、私を睨んでいるのが分かる。

だが、私は臆さない。

「何の用かなんて、お分かりじゃないですか?」

「…どういうこと?」

「これです」

私は、印籠のように一枚の紙を突きつけた。

それが何なのか、見れば分かるだろう。

実際サナミアは、それを見て、露骨に顔をしかめた。

自分達がこれから何を言われるのか、大体察したのだろうが。

その通りだ。

それでも。

「…それが何か?」

私達は何も悪いことしてません、みたいな顔で、しらばっくれてみせた。

そうか、良いだろう。

ならば、痛いところを糾弾してやるだけだ。

「お分かりのことと思いますが、学生会には無限の資金がある訳ではありません。学生達の学費の中の一部を、学生会費用として集めて、それをサークル活動費に分配しているに過ぎないんです」

「…」

「だから、一つのサークルが過度に活動資金を使ってしまったら、他のサークルの活動に支障が出ます。『赤き星』のサークル規模から考えても…」

「…それって、不平等じゃないの?」

サナミアは、私をギロリと睨みながら言った。
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