従者は永遠(とわ)の誓いを立てる
 だが返事は考えてきた。嫌な具合に騒ぐ心臓を叱咤して、口に出す。
「……はい。その……触れるようなことを……あまり、考えておりません、でしたの……」
 非常に曖昧になった。伝わらないとは思わなかったけれど。
 父は少し黙った。グレイスがなにかしらダージルに手を出され、それを拒絶した、ということは悟ったのだろう。
「……それは思慮が浅かったと言わざるを得ん」
「はい。……すみません」
 内容は少し違うものの、それも事実。グレイスは素直に頭を下げた。
 父はもう一度少し黙り、そうしてから、はぁー、とため息をついた。長いため息だった。
 おまけに額を押さえる。確かに父にとっては頭が痛い出来事だろうから。娘が婚約者、それも身分が上の相手になにかしらの無礼を働いて帰ってきたと知ったのだから。
「少々、箱入りにしすぎたかもしれん」
 独り言のように言われたことは的確だっただろう。グレイスは確かに箱入り娘、といっても差し支えのないほど、恋愛に対しては慣れていなかったのだから。
 別に、誰ぞと恋をしてこい、経験してこさせれば良かったという意味ではないだろう。
 想像するなら、もっと婚約を早くするべきだったとか、きっとそういう。
 グレイスはなにも言えずに、困ってしまった。父もこれ以上グレイスの言葉を望んではいないだろうが。
「仕方がない。ダージル様に文でも出そう。謝罪申し上げなければ」
「……申し訳ございません」
 父にも負担をかけてしまった。グレイスは俯く。
 けれどそれより重要なのは。ダージルに無礼を働いたなんて生易しいものではなく、彼と結婚などできそうにない、という事実なのであった。
 でもいつ言えばいいだろうか。今言うのは適切でないとわかるけれど。
 グレイスが数秒ためらったうちに、父に手を振られてしまった。
「まぁ良い。もう少し体を休めていろ。ぶり返したら困る」
 そんな言い方であったが、確かにグレイスのことを慮ってくれている言葉。じわりとグレイスの胸が熱くなる。ぺこりとお辞儀をして、グレイスは「失礼いたします」と父の部屋を退室した。
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