白衣とブラックチョコレート
ただの後輩？
「えーっと薬、くす……っぷぁ！ す、すみませんっ……！」
「……ったく、何バタバタやってんだ」
慌ててステーションに飛び込んだ雛子は、出てこようとしていた恭平に思い切りぶつかった。
落ち着きのない雛子に、恭平が溜息を漏らす。
（うぁ……飽きれられてるぅ……）
雛子は朝の占いを思い出す。占いのせいではないだろうが、それでも今日一日こんな調子なのかと思うと憂鬱になる。
「忙しいのは分かるがもうちょい落ち着け。手が空いたら手伝ってやるから」
「あ、ありがとうございますっ……！」
飽きれた様子には変わりないが、それでも優しい言葉をかけられたら一瞬で天に舞い上がってしまうのだから我ながら単純だ。
「……って、何してるんですか？」
「ん？ 補食だよ補食」
恭平はポケットから取り出したゼリー型の栄養剤を口に銜える。本日彼はフリー業務とはいえ、相変わらずやることがあまりにフリーダムだ。
「久々に見ましたけどおやつ休憩ですか……？ おやつ休憩する暇はあるんですか……？ それ十秒でチャージできるやつですよね……？ 暇ですよね……？」
「いや待て、今これ飲み込むのに忙しいから」
最近は大分恭平のことが分かってきて、何ならどちらかと言えば常識人枠にカテゴライズしていたのを今一度見直さなければならない。思えば出会った時からこういう人であったと言うのに、いつの頃からか恭平を見る目にフィルター補正がかかっていたようだ。
「もう、桜井さんてば……暇なら内服配るお手伝いをーーーー……あ」
『そろそろ自分で何とかしろって、昨日も言ったはずだけどーーーー』
唐突に、またあの言葉を思い出した。
（やだ私ったら……さっき何でも一人でできるようになろうって決めたばかりじゃない……）
自分で決めたことすら忘れるなんて、情けない。こんな調子で本当に後輩を迎え入れることができるのか、自分で自分が信用ならない。
「あ、やっぱり大丈夫です。自分でできますのでお気遣いなくっ！」
「はぁ？ おいっ……」
恭平が声をかける間もなく、雛子は薬と点滴をトレイに用意するとステーションを後にした。
「……ったく、本当に可愛いなぁ。俺のひ・な・こ」
「……」
後ろから面白可笑しく恭平の心を代弁する声に、彼は思わずこめかみを引き攣らせた。
「……どうしても俺とひなっちをくっつけたいみたいだな……たかみー」
「あはは」
目の前にひょっこりと現れた顔には、これ以上ない程の満面の笑み。日々忙しい勤務医が、職場で得た唯一無二の趣味に興じて歓喜している顔だ。
「くっつけたいというか、もうくっついているようなもんでしょう？」
その男、総合内科医の鷹峯柊真はスキップでもしかねない軽快な足取りで、歩き出した恭平を追いかけた。
「馬鹿言うな」
一方、カップル呼ばわりされた恭平はじとりと鷹峯を睨む。
「俺にとってあいつはただの後輩。それ以上でも以下でもない」
そう言って最後に吐いた溜息は、金属製のトレイが床に落ちる派手な音で掻き消された。
「あ……」
恭平と鷹峯が驚いて振り返った先には、慌てて散らばった薬袋を拾い集める雛子の姿。
「あ、すみませんっ、忘れ物忘れ物っ……」
彼女はしどろもどろで、恭平と目を合わせようともしない。拾ったトレイに乱雑に薬袋を詰め込むと、さっさとステーションの奥に消えていく。
「……あーあ、彼女傷付いちゃいましたよ？」
責めるようなその言葉に、恭平は不貞腐れて頭をかく。
「何でだよ……アイツだって俺のことなんか……」
『私、桜井さんが好きなんです……』
温泉旅行の時の、艶っぽい表情の雛子をふと思い出す。
「そ、それに今日も、手伝うって言っても自分でできるから気遣うなとか……頼ろうと、しないし……」
「それは貴方が自分で何とかしろって言ったからでしょ？」
吃りながら言い訳を並べる恭平だが、鷹峯にニベもなく論破され口篭った。
「な、何でそんなことまで知ってんだよ……てかあれは、その、そういうことじゃなくて……」
恐らく彼女は、塔山商事の御曹司が入院した時に恭平がかけた言葉を気にしているのだろう。恭平も自分で言った手前敢えて撤回はしていない。
見事にすれ違っている二人に、鷹峯は面倒臭そうに溜息を吐いた。
「あんまり頑ななのも可愛げがありませんよ？ 御曹司やらあの……超名医（笑）やら、雨宮さんもずっとフリーとは限りませんからね」
「あのボンクラ野郎にだけはやらん」
「父親ですか貴方」
ボンクラはどっちだ、と鷹峯が思わず頭を抱えそうになった時、ステーションでリーダーピッチが鳴り響く。
「雨ちゃーん、放射線科から電話！ さっちゃんの検査出し行けるー？」
「はーいっ！ すぐ行きます！」
返事をしてまたすぐにバタバタと雛子がステーションを出ていく。風邪を拗らせて入院している池野幸子のところへ向かったのだろう。
「ったく、慌ただしいな……」
恭平は飽きれながらも、幸子の病室へと足を向ける。
「あれ、手伝ってあげるんですか？ 優しいですね〜、愛ですね〜」
「アホか、俺は今日フリー業務だ。これが仕事なの」
「……ったく、何バタバタやってんだ」
慌ててステーションに飛び込んだ雛子は、出てこようとしていた恭平に思い切りぶつかった。
落ち着きのない雛子に、恭平が溜息を漏らす。
（うぁ……飽きれられてるぅ……）
雛子は朝の占いを思い出す。占いのせいではないだろうが、それでも今日一日こんな調子なのかと思うと憂鬱になる。
「忙しいのは分かるがもうちょい落ち着け。手が空いたら手伝ってやるから」
「あ、ありがとうございますっ……！」
飽きれた様子には変わりないが、それでも優しい言葉をかけられたら一瞬で天に舞い上がってしまうのだから我ながら単純だ。
「……って、何してるんですか？」
「ん？ 補食だよ補食」
恭平はポケットから取り出したゼリー型の栄養剤を口に銜える。本日彼はフリー業務とはいえ、相変わらずやることがあまりにフリーダムだ。
「久々に見ましたけどおやつ休憩ですか……？ おやつ休憩する暇はあるんですか……？ それ十秒でチャージできるやつですよね……？ 暇ですよね……？」
「いや待て、今これ飲み込むのに忙しいから」
最近は大分恭平のことが分かってきて、何ならどちらかと言えば常識人枠にカテゴライズしていたのを今一度見直さなければならない。思えば出会った時からこういう人であったと言うのに、いつの頃からか恭平を見る目にフィルター補正がかかっていたようだ。
「もう、桜井さんてば……暇なら内服配るお手伝いをーーーー……あ」
『そろそろ自分で何とかしろって、昨日も言ったはずだけどーーーー』
唐突に、またあの言葉を思い出した。
（やだ私ったら……さっき何でも一人でできるようになろうって決めたばかりじゃない……）
自分で決めたことすら忘れるなんて、情けない。こんな調子で本当に後輩を迎え入れることができるのか、自分で自分が信用ならない。
「あ、やっぱり大丈夫です。自分でできますのでお気遣いなくっ！」
「はぁ？ おいっ……」
恭平が声をかける間もなく、雛子は薬と点滴をトレイに用意するとステーションを後にした。
「……ったく、本当に可愛いなぁ。俺のひ・な・こ」
「……」
後ろから面白可笑しく恭平の心を代弁する声に、彼は思わずこめかみを引き攣らせた。
「……どうしても俺とひなっちをくっつけたいみたいだな……たかみー」
「あはは」
目の前にひょっこりと現れた顔には、これ以上ない程の満面の笑み。日々忙しい勤務医が、職場で得た唯一無二の趣味に興じて歓喜している顔だ。
「くっつけたいというか、もうくっついているようなもんでしょう？」
その男、総合内科医の鷹峯柊真はスキップでもしかねない軽快な足取りで、歩き出した恭平を追いかけた。
「馬鹿言うな」
一方、カップル呼ばわりされた恭平はじとりと鷹峯を睨む。
「俺にとってあいつはただの後輩。それ以上でも以下でもない」
そう言って最後に吐いた溜息は、金属製のトレイが床に落ちる派手な音で掻き消された。
「あ……」
恭平と鷹峯が驚いて振り返った先には、慌てて散らばった薬袋を拾い集める雛子の姿。
「あ、すみませんっ、忘れ物忘れ物っ……」
彼女はしどろもどろで、恭平と目を合わせようともしない。拾ったトレイに乱雑に薬袋を詰め込むと、さっさとステーションの奥に消えていく。
「……あーあ、彼女傷付いちゃいましたよ？」
責めるようなその言葉に、恭平は不貞腐れて頭をかく。
「何でだよ……アイツだって俺のことなんか……」
『私、桜井さんが好きなんです……』
温泉旅行の時の、艶っぽい表情の雛子をふと思い出す。
「そ、それに今日も、手伝うって言っても自分でできるから気遣うなとか……頼ろうと、しないし……」
「それは貴方が自分で何とかしろって言ったからでしょ？」
吃りながら言い訳を並べる恭平だが、鷹峯にニベもなく論破され口篭った。
「な、何でそんなことまで知ってんだよ……てかあれは、その、そういうことじゃなくて……」
恐らく彼女は、塔山商事の御曹司が入院した時に恭平がかけた言葉を気にしているのだろう。恭平も自分で言った手前敢えて撤回はしていない。
見事にすれ違っている二人に、鷹峯は面倒臭そうに溜息を吐いた。
「あんまり頑ななのも可愛げがありませんよ？ 御曹司やらあの……超名医（笑）やら、雨宮さんもずっとフリーとは限りませんからね」
「あのボンクラ野郎にだけはやらん」
「父親ですか貴方」
ボンクラはどっちだ、と鷹峯が思わず頭を抱えそうになった時、ステーションでリーダーピッチが鳴り響く。
「雨ちゃーん、放射線科から電話！ さっちゃんの検査出し行けるー？」
「はーいっ！ すぐ行きます！」
返事をしてまたすぐにバタバタと雛子がステーションを出ていく。風邪を拗らせて入院している池野幸子のところへ向かったのだろう。
「ったく、慌ただしいな……」
恭平は飽きれながらも、幸子の病室へと足を向ける。
「あれ、手伝ってあげるんですか？ 優しいですね〜、愛ですね〜」
「アホか、俺は今日フリー業務だ。これが仕事なの」
