白衣とブラックチョコレート
振り上げられたナイフ
最初はそんな無駄口も叩けていた雛子だったが、半分を過ぎた頃から徐々に口数が減っていった。
「チーヨーコーレーイート……それで、サチは赤い方を選んで……って、聞いているのか、雛子?」
「き、聞いてる……けど、ちょっと疲れて……」
体力がなく疲弊している雛子とは裏腹に、幸子は終始元気に話し続けていた。時々雛子からのリアクションがないことに腹を立てている。
「はぁ……これが若さの違いかな……」
「何か言ったか雛子?」
ジャンケンに勝ちすいすいと階段を上っていく幸子は、一つ上の踊り場で雛子を見下ろしている。ジャンケンに負けるたび息を整える雛子とは違い、呼吸一つ乱れた様子はない。
懐かしのグリコに付き合わされながらようやく七階に差し掛かった頃、下の階から誰かが上ってくる足音が聞こえた。
(まずい……患者さんにここ使わせてることバレたら怒られるよっ……)
下から近付く足音はゆっくりだが、確実に雛子達に近付いてくる。もし怒られたら何と言い訳しようか、雛子が考える頃には既にその人物がすぐ近くまで迫っていた。
仕方がない。怒られたら素直に謝ろう。
そんな覚悟で振り向いた先に立っていたのは、雛子にとって意外な人物だった。
「あ、えっ……河西、さん?」
雛子より下の踊り場で佇んでいたのは、病衣を纏ったショートカットの女性。河西清乃だった。
その姿を見た瞬間、雛子は目を見開く。河西の病衣が、至る所血に塗れていたからだ。
「河西さん……!? どうしたんですか、どこか怪我でもっ……」
「雛子ダメだっ!!」
雛子が驚いて階段を駆け下りたのと、幸子が叫び声を上げたのはほぼ同時だった。
「っ……!?」
「雛子っ!!」
何かが、雛子の鼻先を掠めた。何か分からないまま咄嗟に避けたものの、バランスを崩し雛子は踊り場に尻餅を着く。
「雛子、大丈夫かっ!?」
「さっちゃん来ちゃ駄目っ!!」
走り降りようとする幸子を何とか声で制す。雛子は河西が振り下ろした血に濡れたナイフを見つめる。先程掠めた何かはこれだったのかと、今更になってようやく認識する。
「何で……河西さん、これは一体……」
雛子は混乱する頭で必死にこの状況を考える。冷たい瞳で微笑みを湛え、血塗れのままこちらを見下ろす河西。
その手には、同じく赤く染ったサバイバルナイフが握られている。
「これが……彼の意志なの……」
平素からは考えられないほど感情の見えない声音で呟く河西に、思わず鳥肌が立つ。
「私は生き残ったの……だから、やらなきゃいけないの……遣り遂げるのよ……一つでも、多く……一つでも……多く……」
そう言って、河西は再びナイフを振り上げた。座り込んだままの体勢から慌てて身を翻してそれを避ける。
「くっ……!! 河西さんやめてっ!! 遣り遂げるって何をっ……」
「……灯火を、繋げよ」
「っ……!?」
河西がゆっくりと近付く。
「魔火を落とせよ……」
(落ち着けっ……落ち着け落ち着け落ち着けっ……)
ここには幸子がいる。彼女だけは、何としても守りきらねばならない。
上では、幸子が全身を恐怖に震えさせながらこちらを見ている。彼女のいる踊り場の表記には『7』の文字が示されていた。
「さっちゃん! 病棟まで逃げて! 助けを呼んでっ!!」
恭平達のいる八階はもうすぐそこだ。幸子は雛子を置いてこのまま行くべきかどうか迷っている様子を見せた。
「早く!!」
またナイフが振り下ろされ、雛子の腕からは血が滲む。
「貴方達は、魔火……これは、世界の浄化……」
またナイフが振りかざされた瞬間、雛子は咄嗟に河西の両手首を掴んだ。
「チーヨーコーレーイート……それで、サチは赤い方を選んで……って、聞いているのか、雛子?」
「き、聞いてる……けど、ちょっと疲れて……」
体力がなく疲弊している雛子とは裏腹に、幸子は終始元気に話し続けていた。時々雛子からのリアクションがないことに腹を立てている。
「はぁ……これが若さの違いかな……」
「何か言ったか雛子?」
ジャンケンに勝ちすいすいと階段を上っていく幸子は、一つ上の踊り場で雛子を見下ろしている。ジャンケンに負けるたび息を整える雛子とは違い、呼吸一つ乱れた様子はない。
懐かしのグリコに付き合わされながらようやく七階に差し掛かった頃、下の階から誰かが上ってくる足音が聞こえた。
(まずい……患者さんにここ使わせてることバレたら怒られるよっ……)
下から近付く足音はゆっくりだが、確実に雛子達に近付いてくる。もし怒られたら何と言い訳しようか、雛子が考える頃には既にその人物がすぐ近くまで迫っていた。
仕方がない。怒られたら素直に謝ろう。
そんな覚悟で振り向いた先に立っていたのは、雛子にとって意外な人物だった。
「あ、えっ……河西、さん?」
雛子より下の踊り場で佇んでいたのは、病衣を纏ったショートカットの女性。河西清乃だった。
その姿を見た瞬間、雛子は目を見開く。河西の病衣が、至る所血に塗れていたからだ。
「河西さん……!? どうしたんですか、どこか怪我でもっ……」
「雛子ダメだっ!!」
雛子が驚いて階段を駆け下りたのと、幸子が叫び声を上げたのはほぼ同時だった。
「っ……!?」
「雛子っ!!」
何かが、雛子の鼻先を掠めた。何か分からないまま咄嗟に避けたものの、バランスを崩し雛子は踊り場に尻餅を着く。
「雛子、大丈夫かっ!?」
「さっちゃん来ちゃ駄目っ!!」
走り降りようとする幸子を何とか声で制す。雛子は河西が振り下ろした血に濡れたナイフを見つめる。先程掠めた何かはこれだったのかと、今更になってようやく認識する。
「何で……河西さん、これは一体……」
雛子は混乱する頭で必死にこの状況を考える。冷たい瞳で微笑みを湛え、血塗れのままこちらを見下ろす河西。
その手には、同じく赤く染ったサバイバルナイフが握られている。
「これが……彼の意志なの……」
平素からは考えられないほど感情の見えない声音で呟く河西に、思わず鳥肌が立つ。
「私は生き残ったの……だから、やらなきゃいけないの……遣り遂げるのよ……一つでも、多く……一つでも……多く……」
そう言って、河西は再びナイフを振り上げた。座り込んだままの体勢から慌てて身を翻してそれを避ける。
「くっ……!! 河西さんやめてっ!! 遣り遂げるって何をっ……」
「……灯火を、繋げよ」
「っ……!?」
河西がゆっくりと近付く。
「魔火を落とせよ……」
(落ち着けっ……落ち着け落ち着け落ち着けっ……)
ここには幸子がいる。彼女だけは、何としても守りきらねばならない。
上では、幸子が全身を恐怖に震えさせながらこちらを見ている。彼女のいる踊り場の表記には『7』の文字が示されていた。
「さっちゃん! 病棟まで逃げて! 助けを呼んでっ!!」
恭平達のいる八階はもうすぐそこだ。幸子は雛子を置いてこのまま行くべきかどうか迷っている様子を見せた。
「早く!!」
またナイフが振り下ろされ、雛子の腕からは血が滲む。
「貴方達は、魔火……これは、世界の浄化……」
またナイフが振りかざされた瞬間、雛子は咄嗟に河西の両手首を掴んだ。