白衣とブラックチョコレート

九年前も

「……で、犯人は捕まったんですか?」

その質問に、恭平は顔を曇らせる。今までオペに当たっていた鷹峯は、事の顛末を何も知らされていない。

「……屋上から飛び降りた。下で警察が準備してたレスキュークッションに落ちたんだが、高さもあったし意識不明らしい」

「……そうですか」

犯人の河西が飛び降りた瞬間、屋上にいた恭平はいの一番に事情聴取を受ける羽目になった。勿論、警察が踏み込んで飛び降りる瞬間も見ていたわけで、犯人の入院していた病棟のスタッフだと判明すれば、何かを疑われることはなくすぐに解放された。

もっとも、外来ロビーから出るなとのお達しに背いたことで少しだけお灸は据えられたのだが。

「お疲れ様でした。貴方が気に病むことはないですよ。警察は他に何か言っていましたか?」

河西の安否は雛子も気にしているところだろう。今はまだ、彼女に心労はかけたくない。鷹峯が早々に退室を促したのも同じ思いからだろう。

「いや、何かの宗教絡みらしいんだが……詳しいことは、何も」

「なるほど、世直しと称したテロ行為ですか。自分達こそが神にでもなったつもりなんですかねぇ……」



『違う……私は、私は灯火をっ……』



恭平は河西の言葉を思い出す。飛び降りる直前の彼女は、何かを酷く後悔している様子だった。それは、およそテロ行為などした人間とは思えない狼狽えぶりに見えた。



『ごめんなさい……私は自らの手で、魔火を落とします……ヴェラドンナ様……』



「灯火やらまび? やら何とか様やら……訳が分からん。宗教だか何だか知らないが大勢巻き込みやがって……」



「……灯火?」


九年前の事故も、確か宗教絡みの……。


鷹峯は思わずそう呟くが、その小さな声は恭平に届かない。


「とりあえず、被害者達の状況が落ち着けばそっちにも事情聴取が行くだろうな。無論、雨宮にも……」


恭平が暗い顔で俯く。今までも散々苦労を背負って生きてきた雛子だ。これ以上、重荷や負担を掛けたくないと思う気持ちは恭平も鷹峯も一緒だ。



「すみません」


廊下の向こうから、スーツ姿の男性二人がやって来た。恭平の聴取を行った警察官だ。二人は恭平に軽く会釈してから、鷹峯に向き直る。

「鷹峯柊真先生ですね。少しお話伺いたいのですが」

恐らく鷹峯が手術をした雛子に関してだろう。他の患者の治療に当たっていた火野崎達も、先程まで事情聴取を受けていたはずだ。

「ええ、構いませんよ。では、桜井君」

「ああ……ありがとうな、雨宮のこと」

鷹峯はいつも通りの笑みを浮かべ、警官の二人とともに廊下の向こうへと消えていった。











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