白衣とブラックチョコレート
エピローグ
エピローグ
寮のエントランスを出てすぐ、まだ少しだけ冷たい風が薄紅の花弁を空へと舞い上げた。
「うわ、春の嵐だぁ……」
雛子は晴れ渡る空に目を細めながら、花弁が踊る様子にしばし見蕩れていた。
「もう新年度か……」
昨年の今頃、雛子は期待と不安に胸を膨らませた一年目の新人だった。
「今年はもう後輩ができるんだよね! どんな子が来るか楽しみだなぁ〜……っいてて」
急に腹部の傷が引き攣れ、雛子は痛みに呻き思わずしゃがみ込む。まだ退院して一週間しか経っていない。
「……っおい、大丈夫か?」
「あ、桜井さん!」
座り込んだまま腹部を摩っていると、心配したような慌てたような声で後ろからやってきていた恭平に声を掛けられた。手を差し伸べられ、雛子はおずおずとその手を掴む。
軽々と引っ張られ、雛子は勢い余って恭平の胸の中に飛び込んだ。
「うあっ……す、すみません……」
「ったく病み上がりなんだからあんま無理するなよ……って、何ニヤニヤしてんだ」
今日から仕事復帰の雛子は、フリー業務ということもあり普段より随分遅い時間に出勤していた。そのお陰で恭平に会えたことが嬉しくて、思わず頬が緩んでしまう。
「心配して損した……先行くぞ」
「あ、待ってくださいよぉ」
先に行くと言いつつ、雛子がゆっくり歩けるように恭平は長い足で歩調を合わせてくれている。さり気なく気配りしてくれる優しさが擽ったい。
「大方、後輩が来るの楽しみ〜、とか考えてただろ」
「あ、バレてましたか。だって〜そりゃ楽しみですよぉ。やっぱり後輩って可愛いものですか、桜井さん?」
こんなことを後輩の自分が聞くのも何だか恥ずかしいと思いつつ、恭平ならきっと頷いてくれるだろうと、雛子は期待を込めた目で彼の顔を覗き込む。
「ん、そうだな……まぁ、可愛いよ。特に自分のプリ子は、な?」
「っ……!」
いたずらっ子のように笑う恭平に、雛子は胸がドキドキと鳴った。
「もうっ、からかわないで下さい!」
「からかってません。いつも言ってんだろ? ひなっちは俺の可愛いプリセプティだって」
その言葉に、雛子は困ったような拗ねたような複雑な表情で下を向く。
「わ、私はっ……桜井さんのこと、プリセプターとしてだけじゃなくって……えーっと……。って桜井さぁん!」
少しだけ距離が空いてしまい、慌てて追い掛ける。また傷が引き攣り、転びそうになったことで雛子は再び支えてくれた恭平の胸に飛び込んでしまった。
「あっ……」
「前言撤回」
今度はそのまま、腕の中に捕まる。
目と目が合った。
「俺も雨宮のこと、プリセプティとしてだけじゃなくて……大事に、思ってるから」
そして、一瞬だけ触れ合った唇。
「へ……?」
固まって放心する雛子を置いて、今度こそ恭平はさっさと行ってしまった。少し遅れて、立ち尽くしていた雛子はふと我に返る。
「え、大事にって……それより俺も? 俺もって何? 私もってこと? あれ? え? バレてる? さっきの聞こえてた? 今のって、キ、キスっ? ……え? ええっ?」
思わず熱くなった頬を両手で挟み込む。桜から少し遅れて、雛子と恭平にも春が訪れる予感がした。
白衣とブラックチョコレート【fin.】
寮のエントランスを出てすぐ、まだ少しだけ冷たい風が薄紅の花弁を空へと舞い上げた。
「うわ、春の嵐だぁ……」
雛子は晴れ渡る空に目を細めながら、花弁が踊る様子にしばし見蕩れていた。
「もう新年度か……」
昨年の今頃、雛子は期待と不安に胸を膨らませた一年目の新人だった。
「今年はもう後輩ができるんだよね! どんな子が来るか楽しみだなぁ〜……っいてて」
急に腹部の傷が引き攣れ、雛子は痛みに呻き思わずしゃがみ込む。まだ退院して一週間しか経っていない。
「……っおい、大丈夫か?」
「あ、桜井さん!」
座り込んだまま腹部を摩っていると、心配したような慌てたような声で後ろからやってきていた恭平に声を掛けられた。手を差し伸べられ、雛子はおずおずとその手を掴む。
軽々と引っ張られ、雛子は勢い余って恭平の胸の中に飛び込んだ。
「うあっ……す、すみません……」
「ったく病み上がりなんだからあんま無理するなよ……って、何ニヤニヤしてんだ」
今日から仕事復帰の雛子は、フリー業務ということもあり普段より随分遅い時間に出勤していた。そのお陰で恭平に会えたことが嬉しくて、思わず頬が緩んでしまう。
「心配して損した……先行くぞ」
「あ、待ってくださいよぉ」
先に行くと言いつつ、雛子がゆっくり歩けるように恭平は長い足で歩調を合わせてくれている。さり気なく気配りしてくれる優しさが擽ったい。
「大方、後輩が来るの楽しみ〜、とか考えてただろ」
「あ、バレてましたか。だって〜そりゃ楽しみですよぉ。やっぱり後輩って可愛いものですか、桜井さん?」
こんなことを後輩の自分が聞くのも何だか恥ずかしいと思いつつ、恭平ならきっと頷いてくれるだろうと、雛子は期待を込めた目で彼の顔を覗き込む。
「ん、そうだな……まぁ、可愛いよ。特に自分のプリ子は、な?」
「っ……!」
いたずらっ子のように笑う恭平に、雛子は胸がドキドキと鳴った。
「もうっ、からかわないで下さい!」
「からかってません。いつも言ってんだろ? ひなっちは俺の可愛いプリセプティだって」
その言葉に、雛子は困ったような拗ねたような複雑な表情で下を向く。
「わ、私はっ……桜井さんのこと、プリセプターとしてだけじゃなくって……えーっと……。って桜井さぁん!」
少しだけ距離が空いてしまい、慌てて追い掛ける。また傷が引き攣り、転びそうになったことで雛子は再び支えてくれた恭平の胸に飛び込んでしまった。
「あっ……」
「前言撤回」
今度はそのまま、腕の中に捕まる。
目と目が合った。
「俺も雨宮のこと、プリセプティとしてだけじゃなくて……大事に、思ってるから」
そして、一瞬だけ触れ合った唇。
「へ……?」
固まって放心する雛子を置いて、今度こそ恭平はさっさと行ってしまった。少し遅れて、立ち尽くしていた雛子はふと我に返る。
「え、大事にって……それより俺も? 俺もって何? 私もってこと? あれ? え? バレてる? さっきの聞こえてた? 今のって、キ、キスっ? ……え? ええっ?」
思わず熱くなった頬を両手で挟み込む。桜から少し遅れて、雛子と恭平にも春が訪れる予感がした。
白衣とブラックチョコレート【fin.】