白衣とブラックチョコレート
朝を迎える
はっとして目を開ける。
「ここ……どこ、だっけ……?」
自分の部屋ではない場所で目を覚まし、一瞬どこにいるのか分からなかった。
「ゆ、夢……? じゃ、ないよね……」
続いて昨夜の出来事を思い出す。一人で眠るには広すぎるサイズのベッドに薔薇の花びらと共に寝転んでいるところをみると、どうやら昨日のことは夢などではないらしい。
「一人……えっ、桜井さんはっ!?」
そこで雛子はやっと恭平がいないことに気が付いた。勢いよく飛び起きると、下着姿のままの自分が目に飛び込んできてぎょっとする。
何の間違いも起きていないのは確かだが、先に目覚めたのが恭平だと思うと死ぬほど恥ずかしい。
(うう……桜井さんに下着姿で寝てるところを見られた……)
雛子は泣きそうになりながら、昨日と同様にシーツを身体に巻きつけてオーガンジーを潜りベッドから抜け出す。
その時バスルームの扉が開き、タイミング良く恭平が部屋へと戻ってきた。
「あ、おはよーひなっち」
「うぁっ、お、おはようございます……って何ですかその格好っ!」
反射的に返事を返したものの、恭平の姿に雛子は赤面して背を向けた。シャワー上がりのためか、彼は腰にバスタオル一枚巻いただけというあられもない格好でやってきたのだ。
朝から心臓に悪い。
「仕方ないだろ……汗臭いし酒臭いし。ていうかここどこ? 何で俺達こんなところに?」
「覚えてないんですか!?」
恭平の言い草に、雛子は憤慨して振り向き、そしてまた半裸が目に入り慌てて後ろを向く。
「昨日たかみーといつもの所で飲んで、そこから記憶がさっぱり……。あーでもその様子じゃ、俺お前のこと食ってないよな? 安心したわ」
「サイッテー……」
心底安心した様子の恭平に軽蔑の念を抱きながらも、雛子は事の次第を説明する。
雛子の説明を聞くうち、恭平の脳裏にも何となく御曹司とのやり取りが思い出される。
「んぁ……言われてみればそんなこともあったような……」
高そうなソファにタオル一枚のまま乗っかりミネラルウォーターを飲む恭平に、雛子は飽きれて溜息を吐く。
「……じゃあ、昨日ベッドの中で言った言葉も忘れたって事ですよね?」
「んー? ベッドの中ぁ?」
「だ、だからっ……」
ベッドの中であることに深い意味はない。肝心なのはその内容なのだと、雛子は一つ咳払いをする。
「『お前は大事な────……だから』って」
「は……?」
背を向けたまま呟いた声を聞き取れず、恭平が間抜けな声を出す。雛子はやきもきして、思わず振り返ると恭平に歩み寄る。
「だからぁ、『お前は大事なほにゃららだから』って!」
「なんだよ、ほにゃららって」
至極真っ当な質問に、雛子は真っ赤になりながらも恭平の肩を激しく揺さぶる。
「き、聞こえなかったんですよぉ!! 桜井さん酔ってたし、私もそのまま寝ちゃって……。何て言ったんですか? もう一回お願いしますっ!」
期待を込めた眼差しを向ける雛子。その瞳を見つめ返しながら、恭平はやや困ったように考える。
「いや、聞こえなかったも何も……『お前は大事なプリセプティ』だろ?」
「はぁ……?」
その期待とは違う返答に、雛子は思わずむくれる。一体何を期待していたのかは、雛子本人すら分かっていない。
「それより、そんなエッチな格好で可愛い顔するのはやめなさい。朝からムラムラする。いっそおにーさんに食われとく?」
「なっ……」
見れば、いつの間にか身体に巻き付けていたはずのシーツは力なく足元に落ちており、雛子は白日の元に自身の下着姿をさらけ出していた。
「ところでもう服着ていい? 俺今日も日勤なんだよね」
そう言って立ち上がった恭平。雛子が時計に目をやると、時刻は既に七時半を回っている。
「わ、私も日勤っ……! 急がないと!!」
もはや恭平の一挙手一投足になど構っていられない。雛子は大慌てでシャワーを浴び、昨日家から着てきた方のワンピースに袖を通す。
改めて見ると、プレゼントされたワンピースは大人び過ぎていて自分には余り似合っていないような気がした。軽くシワを伸ばして、購入した店舗のショッパーに仕舞う。
「似合ってたよ? いつもと違って大人っぽいひなっちが見れてラッキー」
「心を読まないで下さい! ていうかバスルームを覗かない!」
雛子が急いで支度を終えると、二人はタクシーに電話し、ルームキーを返すためフロントに立ち寄る。
「ご利用ありがとうございます。お会計はこちらになります」
「お会計……」
フロント係が爽やかな笑みで金額を掲示する。そういえば部屋の冷蔵庫を利用したな、などと思いながら二人で0の数を数え、次第に顔から血の気が引いていく。
「嘘でしょ……一、十、百……ひ、一晩で百万円っ……?」
「あんの腹黒御曹司っ……」
『まぁ、貸一にしておくよ。すぐに返してもらうけどね』
恭平の脳裏には、断片的ながら塔山の笑みが浮かんでいた。
「そういうことかよっ……」
高級ホテルのフロント前で、雛子と恭平は思わず引き攣らせた顔を見合わせた。
「ここ……どこ、だっけ……?」
自分の部屋ではない場所で目を覚まし、一瞬どこにいるのか分からなかった。
「ゆ、夢……? じゃ、ないよね……」
続いて昨夜の出来事を思い出す。一人で眠るには広すぎるサイズのベッドに薔薇の花びらと共に寝転んでいるところをみると、どうやら昨日のことは夢などではないらしい。
「一人……えっ、桜井さんはっ!?」
そこで雛子はやっと恭平がいないことに気が付いた。勢いよく飛び起きると、下着姿のままの自分が目に飛び込んできてぎょっとする。
何の間違いも起きていないのは確かだが、先に目覚めたのが恭平だと思うと死ぬほど恥ずかしい。
(うう……桜井さんに下着姿で寝てるところを見られた……)
雛子は泣きそうになりながら、昨日と同様にシーツを身体に巻きつけてオーガンジーを潜りベッドから抜け出す。
その時バスルームの扉が開き、タイミング良く恭平が部屋へと戻ってきた。
「あ、おはよーひなっち」
「うぁっ、お、おはようございます……って何ですかその格好っ!」
反射的に返事を返したものの、恭平の姿に雛子は赤面して背を向けた。シャワー上がりのためか、彼は腰にバスタオル一枚巻いただけというあられもない格好でやってきたのだ。
朝から心臓に悪い。
「仕方ないだろ……汗臭いし酒臭いし。ていうかここどこ? 何で俺達こんなところに?」
「覚えてないんですか!?」
恭平の言い草に、雛子は憤慨して振り向き、そしてまた半裸が目に入り慌てて後ろを向く。
「昨日たかみーといつもの所で飲んで、そこから記憶がさっぱり……。あーでもその様子じゃ、俺お前のこと食ってないよな? 安心したわ」
「サイッテー……」
心底安心した様子の恭平に軽蔑の念を抱きながらも、雛子は事の次第を説明する。
雛子の説明を聞くうち、恭平の脳裏にも何となく御曹司とのやり取りが思い出される。
「んぁ……言われてみればそんなこともあったような……」
高そうなソファにタオル一枚のまま乗っかりミネラルウォーターを飲む恭平に、雛子は飽きれて溜息を吐く。
「……じゃあ、昨日ベッドの中で言った言葉も忘れたって事ですよね?」
「んー? ベッドの中ぁ?」
「だ、だからっ……」
ベッドの中であることに深い意味はない。肝心なのはその内容なのだと、雛子は一つ咳払いをする。
「『お前は大事な────……だから』って」
「は……?」
背を向けたまま呟いた声を聞き取れず、恭平が間抜けな声を出す。雛子はやきもきして、思わず振り返ると恭平に歩み寄る。
「だからぁ、『お前は大事なほにゃららだから』って!」
「なんだよ、ほにゃららって」
至極真っ当な質問に、雛子は真っ赤になりながらも恭平の肩を激しく揺さぶる。
「き、聞こえなかったんですよぉ!! 桜井さん酔ってたし、私もそのまま寝ちゃって……。何て言ったんですか? もう一回お願いしますっ!」
期待を込めた眼差しを向ける雛子。その瞳を見つめ返しながら、恭平はやや困ったように考える。
「いや、聞こえなかったも何も……『お前は大事なプリセプティ』だろ?」
「はぁ……?」
その期待とは違う返答に、雛子は思わずむくれる。一体何を期待していたのかは、雛子本人すら分かっていない。
「それより、そんなエッチな格好で可愛い顔するのはやめなさい。朝からムラムラする。いっそおにーさんに食われとく?」
「なっ……」
見れば、いつの間にか身体に巻き付けていたはずのシーツは力なく足元に落ちており、雛子は白日の元に自身の下着姿をさらけ出していた。
「ところでもう服着ていい? 俺今日も日勤なんだよね」
そう言って立ち上がった恭平。雛子が時計に目をやると、時刻は既に七時半を回っている。
「わ、私も日勤っ……! 急がないと!!」
もはや恭平の一挙手一投足になど構っていられない。雛子は大慌てでシャワーを浴び、昨日家から着てきた方のワンピースに袖を通す。
改めて見ると、プレゼントされたワンピースは大人び過ぎていて自分には余り似合っていないような気がした。軽くシワを伸ばして、購入した店舗のショッパーに仕舞う。
「似合ってたよ? いつもと違って大人っぽいひなっちが見れてラッキー」
「心を読まないで下さい! ていうかバスルームを覗かない!」
雛子が急いで支度を終えると、二人はタクシーに電話し、ルームキーを返すためフロントに立ち寄る。
「ご利用ありがとうございます。お会計はこちらになります」
「お会計……」
フロント係が爽やかな笑みで金額を掲示する。そういえば部屋の冷蔵庫を利用したな、などと思いながら二人で0の数を数え、次第に顔から血の気が引いていく。
「嘘でしょ……一、十、百……ひ、一晩で百万円っ……?」
「あんの腹黒御曹司っ……」
『まぁ、貸一にしておくよ。すぐに返してもらうけどね』
恭平の脳裏には、断片的ながら塔山の笑みが浮かんでいた。
「そういうことかよっ……」
高級ホテルのフロント前で、雛子と恭平は思わず引き攣らせた顔を見合わせた。