白衣とブラックチョコレート

次はキスする

「今日は大変だったね……」

「五人と言いつつ結局七人も重症者取っちゃって……今夜の夜勤は地獄だわ……」

ようやく仕事を終えた日勤スタッフ達は、勤務開始時から四方八方走り回っている夜勤者を気の毒そうに見遣りながら帰り支度を始めた。

「お疲れひなっち」

休憩室のソファで一人ぼんやりとしていた雛子の頭に暖かな重みが加わり、一拍遅れてそれが恭平の手のひらだということに気付く。

「あ……お疲れ様です……」

「ぼーっとしてても随分動けるようになったな」

「すみません……」

雛子は俯く。いつもなら恭平に触れられればドキドキして大抵の不安など吹き飛んでしまうのに、河西の不穏な呟きが頭から離れない。

(河西さんのあの言葉……よく聞き取れなかったけど、聞き間違いでなければ、多分────……)

幼い頃に、よく聞いていたとある言葉。忘れていたはずだったその言葉を今、こんな形で聞くことになるなんて。

「……なに悩んでるか知らないけど、そんな不安そうな顔するくらいなら相談しろよ」

「はい……」

俯いたまま、雛子はナース服の裾を手のひらできつく握る。その様子に恭平は不服そうな溜息を一つ吐くと、雛子の顎に長い人差し指を掛けて無理矢理上を向かせた。

恭平の端正な顔が急接近する。

「ひゃっ……!?」

キスするのかと思うほどに近付かれ、雛子は思わず小さく悲鳴を上げた。たった今悩んでいたことすら思考から吹き飛び、我ながら何て単純なんだと情けなくなる。

顔が熱い。多分真っ赤になっているだろうと自分でも分かる。

「よし」

「よし、じゃないです! 何なんですかっ!?」

赤くなった顔を見て満足気に頷いた恭平に、思わずツッコミを入れる。

「落ち込んでいるお前も可愛いが、そうやって顔真っ赤にして慌ててるお前はもっと可愛い。次またぼーっとしてたらその時は……するからな、キス?」

「っ……!?!?」

それだけ言うと、恭平はロッカーから荷物を取り出しさっさと行ってしまう。雛子は一人取り残された休憩室で、口元を押さえながら目を白黒させていた。








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