気になるあの子はヤンキー(♂)だが、女装するとめっちゃタイプでグイグイくる!!!
スーパーは高くても近所が一番
ミハイルは姉のヴィクトリアから。あらぬ疑いをかけられ、困惑していた。
号泣するヴィッキーちゃんが彼にこう言う。
「あたいは飲みなおすから、酒を買ってきてくれ。お前らも‟ダンリブ”で好きなもの買ってきていいぞぉ……」
いやミハイルに同情するのは構わないが、動機が不純。
まだ飲むのかよ、このクソ姉が。
「あ、ついでにこのメモのやつも全部買ってくれよぉ」
そう言って泣きながら白い用紙をミハイルに渡す。
「うん、わかった☆」
満面の笑みで頷くミハイル。
「ミーシャはいい子だなぁ」
まだ泣いているよ。
よっぽど、弟のラブドール所持疑惑がショックだったんだなぁ。
でも、たぶん持ってないから安心しろよな!
「タクト、オレがダンリブに案内してやるぜ☆」
白い歯をニカッと見せつける。
「ああ……」
というか、ダンリブって席内駅の目の前だし、案内されるまでもないよ。
過去に何回か来たことあるし。
※
俺とミハイルはヴィクトリアから財布をかりて、近所のスーパー、ダンリブに向かった。
スーパーというにはかなり大型のショッピングモールだ。
ダンリブの店舗自体は敷地の半分ぐらいで、あとはテナントがたくさん入っている。
昨今流行っている、ショッピングモールより何十年も前からこの席内市に出店している老舗と言ってもいいだろう。
席内駅から徒歩3分ほど。
福岡市外である席内は元々、市ではなく粕屋郡席内町であった。
住宅街が多く、店の少ないこの街ではちょっとした‟天神”といえる。
二階には若者向けの服屋も多数あるし、雑貨、本屋、ゲーセン、小規模だが映画館まである。
これだけで半日は遊べそう。
小腹が空けば、一階のフードコートで食事をとれる。
そうダンリブは地元に愛され続け、はや30年……。席内の顔といっても過言ではないだろう。
俺たちは南側の入口から入っていった。
すぐにポップで明るいBGMが聞こえてくる。
『ダンダン♪ ダンリ~ブゥ~♪ ダルマのダンリ~ブ♪』
「懐かしいな、この曲」
俺の地元、真島もニコニコデイがオープンするまでは、けっこうダンリブに買い物に来てたし。
「だろ☆ この歌、オレも超好き! ダンダン、ダンリ~ブ♪」
年甲斐もなく、腕を振って歌いだすミハイル。
「まあな」
子供のように無邪気に歌う彼が少し愛おしく思えた。
自然と笑みがこぼれる。
カートを手に取り、カゴを入れる。
「それでヴィッキーちゃんのおつかいって何を買うんだ?」
ミハイルがショーパンの後ろポケットからメモを取り出す。
「んとね……ウイスキーが6本、レモンストロングが20本で…」
ファッ!?
あんのクソ野郎、俺たちをタダのパシリにしやがったな!
しかも、それだけの量を持って帰るとか地獄じゃねーか。
一体何キロになるんだ……。
「あとつまみに……ミックスナッツ、とりの唐揚げ、イカゲソ、焼き鳥5種類セット、豚足、刺身セット、おからコロッケぐらいかな☆」
ぐらいじゃねー!
惣菜ばっかじゃねーか。
金使いすぎだろ……もう作れよ。
「ミハイル…それ持って帰れるのか?」
「うん☆ いつものことだよ☆」
あなた虐待されてません?
「そうか…しかしだな、そもそも金は足りるのか?」
「大丈夫だよ☆ オレん家ってダンリブとは顔見知りで、足りなかったらつけてくれるし」
破産しそうで怖い。
「なるほど……」
「心配すんなよ、タクト☆ ねーちゃんの店ってけっこう有名なんだゾ?」
「そうなのか?」
アル中で悪評たっているだけだろ。
「ああ、ねーちゃんのケーキは‟食いログ”でも星5だし、博多駅にもたまに商品を卸しているぐらい人気なんだ☆」
「マジ?」
「うん、だからねーちゃんはすごいんだゾ☆ えっへん!」
ない胸をはるな!
だが、気になる。そんなに売れっ子のパティシエなら古い自宅も建て直したり、もっと裕福な家庭になりそうだが……あ、もしかして。
「ヴィッキーちゃんから借りた財布って今、いくらあるんだ?」
勝手に見るのはよくないと思ったが、どうしても気になる。
「ん? ねーちゃんの金を見たいのか? いいゾ」
ミハイルはポケットから紫色の大きな長財布を取り出し、中を見せてくれた。
そこには見たことのないぐらいの大金が……。
「ゆ、諭吉が何十人も……」
見たところ、30人以上は福沢諭吉さんが、ニコニコと笑っていた。
ここまで金持ちだったのか。
だからミハイルもあんなに金遣いが荒いのか……。
「な、安心しろよ☆ ねーちゃんはお酒を切らすのが嫌いだから、いつもたくさん金を持っているんだ☆」
全部、酒に使ってんのか、アイツ!
もったいない!
俺にもめぐんでほしいぐらいだぜ。
新聞配達の朝刊、夕刊がんばって、それに小説を長編かいても、毎月こんなに金を手にしたことは一度もない。
なんという格差社会……泣けてきた。
「そこまで大金を毎回持っているなら、確かにスーパーもつけとくよなぁ」
金を酒に溶かしてくれるお得意様だもん。
手放したくないよね、ダンリブも。
「うん☆ だから安心してお買い物しようぜ☆」
「そだね……」
毎回、そんな危ない財布持たせておつかいに行かせるヴィクトリアの気が知れない。
俺たちはヴィクトリアに頼まれた品物を、次々とカートに入れていく。
既に上下のカゴは酒とつまみで溢れかえっていた。
「タクトはなにか欲しいものなぁい?」
重そうなカートを軽々と押すミハイル。
上目遣いで俺にたずねるその姿を見て、なんだか新婚の夫婦がショッピングを楽しんでいるような錯覚に陥る。
なんてことない買い物なのだが、隣りに美しいグリーンアイズがキラキラと輝いているだけで、妄想が膨らんでしまう。
「ねぇ……タクト、聞いてるのぉ?」
ムッと頬を膨らませて、肘で俺の腹を小突く。
「ああ、すまない。じゃ、俺はブラックコーヒーで」
そう答えるとミハイルは嬉しそうに頷く。
「わかったぁ☆ メーカーは‟ビッグボス”だよな☆ オレがとってあげる☆」
背を向けると、小走りでフリーザーへと向かう。
ふと目で彼を追った。
小さくて桃のようなキレイな形の尻が、プルプルと震える姿を確認できる。
「ふぅ……」
しれっとその後ろ姿をスマホのカメラでパシャリ。
大丈夫、これは盗撮には入らない。
彼は俺のマブダチだし、今度書く小説の資料に残しているだけだ。
俺の隠し撮りに気がついたのか、ミハイルが急に立ち止まって振り返る。
「タクトぉ! なんかあっちでやってるよ!」
「ん?」
彼が手を振るので、俺はクソ重たいカートを死ぬ思いで押した。
よくこんな重量級のカートをあいつは軽々と片手で押せたな……。
ミハイルはレジ前に立っていた。
ようやく、俺も彼の隣りに追いつく。
「どうした? ミハイル」
「なんかスゲー人が集まっているんだよ」
「タイムセールとかじゃないのか?」
「ううん。そういう時、ダンリブはおじいちゃんやおばあちゃんたちがオープン前に買い込んでなくなっちゃうから、この時間じゃありえないよ」
なにをそんな買い込むんだ、老人は。
「じゃあ一体なんだ?」
人だかりを背伸びして、のぞいてみる。
するとそこには見たことのある顔ぶれが。
「レッツゴー! な・が・は・ま!」
「ハイハイ、あ・す・か!」
オタ芸しているキノコが二つ。
いや、違うな。
あれは一ツ橋高校の生徒で、双子の日田兄弟だ。
「あいつらなにやっているんだ?」
日田兄弟の他にもオタクらしい地味な奴らが一緒になってオタ芸をしている。
みな、色鮮やかなペンライトを持って、必死に踊る。
「ブヒィィィ! も・つ・な・べ!」
「オラオラオラ! み・ず・た・き!」
「キタキタキタ! ガールズ!」
なんだ、この胃もたれしそうなフレーズは。
どこかで聞いたことあるような……。
「あ、タクト。あれ見て!」
ミハイルが指差した方向には一人の少女が。
もつ鍋がプリントされたワンピース、頭には水炊きが装飾されたカチューシャ。
そうだ、彼女こそが博多のアイドル。
「長浜 あすかか……」
俺はくだらねぇと思いながら、その光景を眺めた。
当の本人はレジカウンターに土足で乗って、マイクを片手にこう叫んだ。
「席内のみんなぁ! あたしが誰だかわかるぅ!?」
長浜がそう言うと、周りにいたオタクたちが一斉にカメラを向ける。
ただ、普通に撮影するわけではない。
レジ台に乗った彼女をいいことにローアングルで連写撮影している。
ほぼ、スカートの中だけだ。
顔を撮っているやつはほぼいない。
この騒動を見たおじいちゃんが俺にこう言った。
「ありゃ、なんの騒ぎじゃ? お兄ちゃん、あの女の子知っとるか?」
知り合いだが、芸能人としては無知です。
「いや、知らないっすね……」
俺がそう答えると、おじいちゃんが顔をしかめてこう言った。
「かぁー、若いお姉ちゃんがあげなことしてから……恥ずかしか~」
激しく同意します。
よかったね、あすかちゃん。
席内の住民に噂が広がりそうだよ。
悪い意味で。