気になるあの子はヤンキー(♂)だが、女装するとめっちゃタイプでグイグイくる!!!

先生の秘密


 居酒屋に入って、二時間ぐらい経ったか。
 他にも数人の客が酒や焼き鳥を楽しんでいたが、カウンターには誰一人として、近づかなかった。
 みんなお座敷に座っていた。いや、逃げたのだ。
 その元凶は、俺の隣りにある。

「うお~い! おい、おいって! 聞いてんのか? このタコ!」
 角瓶をラッパ飲みして、店の大将を煽るアラサー教師、宗像 蘭ちゃん。御年28歳。
「な、なんすか、宗像先生……」
 肉を焼いたり野菜を刻んだり、手際よく働いているのに、この隣りの酔っ払いが一々文句を言ってくるから、大変だ。
「おめぇよ~ この店、ちゃんと売れてんのか? 出世払いったろ! 早く金返せ! 返さないと店にガソリン巻いて燃やしてやるからな!」
 酷い恫喝だ。ヤクザじゃん。
「ちょ、ちょっと勘弁してくださいよぉ……他のお客さんもいるんですから。それにおかげさまで儲かってますよ。借金なら必ず返しますんで。ほら、このぼんじりでも食べてください。サービスなんで、お代は取らないんで」
 と言って、ぼんじりを二つカウンターに置いてくれた。

「うひょお~ これにハイボールが合うんだわぁ~」
 そう言って左手に角瓶、右手に炭酸水を持ち、交互に口の中に流し込む。
 意味あるのか、あれ?

   ※

「んがががっ……」
 ハイボールをダブルで8杯。角瓶1本を飲み干した宗像先生は、とうとう寝落ちしてしまった。いや、寝てくれてありがとう。
 店が大変静かになりました。

 俺は一人、カウンターで焼き鳥を楽しむ。
 うん、うまいなぁ。
 ジンジャーエールと砂ずりは。

 なんて思っていると、大将が俺に話しかけてきた。
「ねぇ。宗像先生、もう寝た?」
「あ、もうこいつはグッスリ寝てますね。すいません、なんか色々とうるさい客が来て」
 生徒の俺が謝っておく。
「いやいや、先生は常連さんだし、俺らこの店を開業する時、宗像先生が色々とやってくれたから……この人に一生頭が上がらないよ、ハハハ」
 なんて照れ隠しのつもりか、頭に巻いていたタオルを撫でている。
「宗像先生がこの店に何かしたんですか? そう言えば、さっき借金がどうとか……」
「ああ、そうだよ。この店の開業資金は、先生が用意してくれたんだよ」
 俺は手に持っていた串を、ボトンと皿に落としてしまう。
 深呼吸した後、顎が外れるぐらい口を大きく開いて、叫び声をあげた。

「えええええ!?」

 俺の悲鳴に、店中の人間から視線が集まる。
 大将は苦笑いしていた。

「本当だよ。この人って無茶苦茶な生き方してるでしょ? でも、生徒には基本、優しい人なんだ。俺らが『銀行から融資してもらえない』って相談したら、宗像先生が色んなところで借金してくれてさ。前科もん就職できない俺達のためにって、ポンと大金を出して来てくれたんだ。無担保、無利子でね」
「ウソだあああ!」
 信じられない。
 あの破天荒で自分本意なポンコツ。クソバカ教師が、そんな聖人君子みたいなことをしていた、だと……。
 じゃあ、俺たち在校生にも、その優しさをくれや!

 大将の話はまだまだ続き。
「ちょっと店を出てみない?」
 なんて外に誘われる。
 彼が言うには、見せたいものがあると。

 近隣の商店街だ。
「あの店見える?」
 大将が指を指した方向は、道路を挟んで反対側の小さなお店。
 もう夜だから、閉店しているが、トレーディングカードの販売店みたいだ。
「ん、あれがどうしたんですか?」
「そのトレカショップも、俺達と同じ一ツ橋の卒業生が経営してる店なんだけど。あれも開業資金は宗像先生が用意したんだよ」
「う、ウソだ! ウソだウソだウソだ!!!」
 俺の脳内は大パニック。
 膨大な情報が処理能力に追いつてこない。

「ホントだって。あと、その二件隣りのゲーセンも宗像先生が作ったようなもんだよ。ひきこもりとかオタクの卒業生がなかなか就職できないって嘆くから、『じゃあオタクが来る店を作るかっ!』てね。トレカとゲーセンは卒業生の職場だけど、憩いの場でもあるんだよ」
「んん……ぐはっ!」
 ちょっと余りの聖人っぷりに吐き気がしてきた。
「他にも先生は、積極的に子供たちへ色んな施設や場所を作っているんだよ。俺も昔ヤンチャやっててさ。シンナー中毒だったんだよ……。そん時、更生施設みたいなのを宗像先生が作ってくれてさ。元ヤンの卒業生達が管理していて、同じ境遇だから、気持ちわかるじゃん? だから、俺もそこで治療しながら、一ツ橋に通っていた感じだよ、ハハハ!」

 いや、あの人ってそんな裏の顔があったの?
 俺、詐欺にあってないよね? 本当に同じ人?

「な、なぜそこまで、宗像先生は他人のために金や労力を消費するんですか?」
 素朴な疑問に、大将は眩しいぐらいの笑顔でこう答える。
「それがあの人の楽しみだからだよ」
「……」
 なにも反論できなかった。
 良い人過ぎて、俺が生きている価値が見いだせないぐらい。

 大将はまだ話を続ける。
 宗像先生の聖人ぷりを。

「他にもやっているよ? ヤンキーとか半グレだけじゃないじゃん? ひきこもりとかニートのためにグループホームを作ったり、その子たちが在宅でも勉学や仕事が出来るように、色んなやり方を常に模索している教師の鏡みたいな人だね。俺達のために多分、相当な借金を抱え込んでいるよ、きっと。だから、俺はあの人の想いに応えるため、この店でバリバリ働いて、借金を返すのが、夢さ」
 なんて語りまくった後に、親指を立ててウインクしやがった。
 元ヤンのジャンキーのくせして……くっ! 憎めない!

 まぶしい! 眩しすぎる!
 こんな奴が目の前にいたら、もう俺溶けて死んじゃいそう……。
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