気になるあの子はヤンキー(♂)だが、女装するとめっちゃタイプでグイグイくる!!!

打ち合わせ その2


 タイトル『シャブ中が転校したら5秒で合体』
 俺が初めて手をだしたジャンル、ラブコメ。
 素晴らしいタイトルだ。
 だが担当編集の白金の反応は……目を見開いて身震いしている。

「……」
「どうだ? なかなかの作品だろ?」
 俺は胸を張って笑みを浮かべる。

「チッ、クソみえてぇだな……」
 小学生にしか見えない童顔が歪む。しわが多くてマジでババアだな。
「は? なんだと!?」
「クソですよ、単純にどこもかしこもクソだらけ……誰が便所の話を描けと言ったんですか?」
 俺は机を激しく叩き、怒りを露わにする。
「貴様! この天才のプロットだけで、なぜそうも言い切れる?」
 白金はため息交じりに答える。
「私が今回、出したテーマってなんでしたっけ?」
 説明すんの、だりぃーってな顔だな。
 それから、人前で鼻をほじるな!

「ふっ、この天才が忘れるものか。ラブコメで学園ものだろ?」
「……」
「なんだその沈黙は?」

「このクソウンコ小説家!」
 いや、ウンコ2回言ってるぞ、バカなの?
「私は、王道の学園ラブコメを描けって、いったんですよ!」
 王道の学園ラブコメ、なにそれ、おいしいの?
 今まで俺は映画でしか、情報を吸収してない。それも暴力映画やホラー映画などばかり。
 他の作家のライトノベルなんて、1ページも読むはずがない。
 ここは白金の選択が、間違っていたということだろう。

「俺は、お前に指示された通り、しっかりと学園ラブコメに仕上げてきたぞ!」
「どこがです!」
 白金は俺の小説に欠かせないノートPCを乱暴に叩く。
「全部……だろ?」
「はぁ、これだから中二病は」
 人の大事なノートPCをぶっ叩くような、言い訳になっていないぞ。聞き捨てならん。
「おい、待て。俺は既に中学校を卒業しているぞ」
「はぁ!? 卒業式もブッチしたくせ? そのコミュ障、治してないからクソみたいな小説しか書けないんですよ」
「う……」
 確かに俺は「第二ボタンください!」という、下級生から絶対言われないであろうイベントが気まずくて、卒業式ですら欠席した。

「じゃあなんて言うんですかね。童貞だからじゃないですか?」
「童貞の何が悪い! むしろ結婚するまで取っておいた方が女の子も喜ぶだろ!」
「センセイのを? 誰が喜ぶんすかね~」
「くっ!」
「別に童貞が悪くはないですけど~ このクソストーリーを今から私が整理してみますね」
「おうよ!」
 白金は咳払いすると俺の原稿を、まるで幼い子供が「私のおとうさん」みたいなキモい喋り方で読み始めた。



『シャブ中が転校したら5秒で合体』

 僕の名前は薬中の竜二(りゅうじ)! 今日からこの極道都市に転校してきた十七歳だ。
 可愛い女の子とかいるかな、楽しみだな~

「いっけね! 初日から遅刻だなんて……」
 焦る僕はがむしゃらに走る。途中、曲がり角で誰かとぶつかった。
 グサッ!
 痛みと共に腹から血が滲む。
 目の前にはM字開脚したJKが倒れていた。

「いってぇ! なに、ひとのどてっぱらにドス刺してんだよ!」
「あんたこそ、私のスカートの中をぞいてんじゃないわよ!」
「はぁ? タトゥーの入った『アワビ』なんて興味ねーよ!」
 JKの股間は紫の大きなアゲハ蝶を飼っている。
「言ったわね、もう1回ドスを刺してあげましょうか?」
 どこからか、チャイムの音が鳴り響く。

「やべっ、遅刻しそうだ! お前の顔、覚えたからな!」
「フン! こっちこそ、こんどはあんたの十二指腸を引っ張りだしてあげるわよ!」
 急いでいる僕は近くに捨ててあった新聞紙を腹に巻いて止血し、先を急いだ。
 タトゥーアワビ女は気にはなるけど、初日から遅刻はあんまりだ。


「え~今日は転校生を紹介します」
 傷だらけのスキンヘッド。プリティフェイスの女教師、鉄砲玉の強盗先生が僕を招く。
「どうも、はじめまして。今日から皆さんと同じクラスメイトになる薬中の竜二です!」
「あ~、あんたは!」

 そう言って立ち上がったのは、先ほどのノーパンシャブシャブだ。
 転校した初日からちょっとしたアクシデントはあったけど、この高校はなにかと退屈に困ることはなさそうだ。
 ノーパン女はドスを刺したから、絶対いつかシャブ中にしてやりたいけど、どこか憎めない。
 黙ってれば顔は可愛いのに……アイツ。
 アイツのことを思い出すだけで、腹の傷が出血しそうだ。
 この大量出血って……初恋ってやつ?

  了


 読み終えると、白金はため息をつく。
「はぁ……」
「素晴らしいラブコメだ、さすがは俺だな」
「バカですか? これのどこが学園ラブコメなんですか?」
「は? 俺はちゃんと王道にしたぞ? ちゃんと曲がり角でヒロインとぶつからせて、パンチラもさせたし、主人公が教師に紹介されてからのヒロインと再会、その後ちゃんとヒロインを意識しているではないか?」
 白金がうるさいから、俺はわざわざ王道とかいうラブコメマンガを資料として購入したのだ。
 もちろん経費で落とす。


「こんの……アホぉぉぉぉぉ!」

 キンキン声が窓ガラスを激しく震わせる。
 思わず俺は耳を塞ぐ。編集部の社員たちも同様だ。

「うるさいぞ、貴様!」
「どこの高校生が薬中になるんですか? しかもぶつかった時にドス刺されるって一体どこのスラム街ですか? あとパンチラじゃなくて、そもそもがパンツ履いてないでしょ、この女。とんだビッチでしょうが! 女先生もスキンヘッドだし、最後の『この大量出血って……初恋ってやつ?』って、どこがときめくんですか! 早く救急車呼べよって話ですよ!」
「主人公が感じた恋のはじまりだ。王道だろ?」
「邪道!」

「「……」」

 ぜいぜいと肩で息をすると、互いに冷静さを取り戻す。
 かれこれ、こんなやりとりを3年間もやっているから、俺は白金が大嫌いだ。

「テコ入れするか?」
「いえ、この原稿はテコ入れどころか、根本的に間違いだらけなので、書き直してもらいます」
「は? 天才の俺に、書き直しを要求する気か?」
「当たり前でしょ! こんなもんがうちから出版された時にゃ私はクビです!」
「じゃあどうする? ジャンル変更するか?」
「ジャンルは、このままでいきましょう……センセイにはまだ取材がたりません」
「お前……まだあきらめてないのか、例の案件」
「そうです! センセイには『LOVE』の取材をしてもらいます!」


 俺は小説を書く際、取材をしないと白紙にインクを垂らすことができない、今時珍しいアナログタイプなのだ。
 だから、恋愛なぞ経験したことのない俺はラブコメ、つまり学園ものとなれば、自ずと『取材』というかたちになる。
 そう、俺は取材として、一ツ橋高校の門を叩いたのだ。

「で、好きな子できました?」
 白金の目つきが鋭くなる。こういう時は大人ぽい。
「う……それは」
 俺が言葉に詰まっていると、スマホのベルがなる。
 名前は『ミハイル』
 バッドタイミング!

「センセイ? 電話鳴ってますよ?」
「あ、いや……これは妹だ……その、あのな」
 自分でもなぜこんなに焦っているのかがわからん。
「はぁ? センセイ、暑いんですか? 汗がすごいですよ」
「う、うむ。と、とりあえず、ラブコメのプロットは書き直してくるから!」
 そう言い残すと、俺はノートパソコンを白金から取り上げて、リュックサックを背負い、その場から逃げ出すように立ち去った。

「え!? センセイ!」

 すまん! 俺は早くこの場から去らないと、なんか色々とヤバそうな気がするのだ。
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