気になるあの子はヤンキー(♂)だが、女装するとめっちゃタイプでグイグイくる!!!
一時間目、ひなたの場合
「センパイ……本当だったんですね。ミハイルくんとの関係……」
と俺の隣りを指さすひなた。
パンパンに腫れた顔で、静かに話すから恐怖を感じる。
ただならぬ気配を感じたのか、ミハイルが俺の背中に隠れてしまった。
「なんか、今日のひなた。怖いよ……」
そりゃそうだろな。
俺が叫んだ愛の告白は、博多中に響き渡った。
福岡市に留まらず、インターネットを通じて日本中に……いや、世界中でバズっているらしい。
赤坂 ひなたというサブヒロインは、俺が一ツ橋高校へ入学したと同時に、登場した現役の女子高生だ。
色んな場所で、たくさん取材してくれた。
時にはキスする寸前まで至った関係……。
好意を感じていないと言えば、嘘になる。
「なあ、ひなた。ちょっと話をしないか?」
「はい……私も、センパイと二人で話がしたかったんです」
こんなに憔悴しきったひなたは、初めて見た。
だが優しくしてはダメだ。ミハイルのために。
※
ピーチと別れて、ひなたと二人きりになれる場所を探す。
思いつくのは人気のない3階だ。
休日だから、三ツ橋高校の生徒はいない。
誰もいない教室に入って、ゆっくり話してもいいが。
ミハイルが後ろから、こっそりとこちらを眺めているので、廊下で話すことにした。
「ひなた……その、もう動画は見たんだよな?」
「はい、見ました。アップロードされてから、何度も何度も見ています。あんなに男らしい新宮センパイは、初めてだと思いました。でも、フラッシュモブよりダサいとも感じました。相手に断られたら、地獄絵図だなって」
なんか、めっちゃディスってない!?
人生最大の告白を……。
「そ、そうか。なら話は早い……俺はアンナ、いやミハイルと一生を共にすることを選んだ。だから、もうこれ以上、ひなたと取材できない。今まで書いていたラブコメも、打ち切りになってしまったし」
「わかってます……そこまで言わなくても」
「え?」
瞼が腫れているから、瞳は確認できないが。
ポロポロと涙を流している。
「信じたくなかった! 新宮センパイが、ゲイだなんて!」
ん? どういうことだ?
彼女の話し方からすると、俺がノンケじゃないと感づいていたのか。
「ひなた。一体なにを言って……」
「最初から全部知ってましたよっ! 新宮センパイがミハイルくんに夢中だってこと!」
ファッ!?
「ま、待て。ひなた……ミハイルじゃなくて、女役のアンナだろ?」
「そんなウソは、すぐにバレてますっ!」
「えぇ……」
「私だって、最初は信じられなかった。センパイにアンナちゃんっていう、可愛い女の子が現れて。確かに写真を見た時は、ミハイルくんのいとこだと勘違いしましたよ? でも実際に会ったら、どう考えても男でしたよっ!」
アンナちゃんという設定。
最初から正体がバレていたようです……。
「じゃあ、なぜ……女の子のアンナとして、接してくれたんだ?」
「だって……かわいそうだなって、思ったからですよ。それに今の世の中、LGBTQとか色々あるじゃないですか? 新宮センパイだって、恋愛未経験の男子だから。一過性の気持ちだと思ってました」
全部、見透かされていた!
超恥ずかしい!
「そ、それなのに、どうして俺のことを?」
「だって! 私だってセンパイを想う、気持ちは本物だからですよ! 初めて女の子として優しく扱ってくれて、好きだって思ったんです! 負けたくなかった……」
「悪い、ひなた。傷つけてしまって」
頭を下げる余裕も無かった。
ずっと泣き続ける彼女を見ていたら……。
※
10分以上は経っただろうか?
ようやく涙が枯れてきた頃、俺はあることを思い出した。
リュックサックから、大きな紙袋を取り出し、ひなたに差し出す。
「そ、その……今までありがとう、ひなた。お前が色んな所へ取材に連れて行ってくれたから。良い作品に仕上がったんだと思う。報酬……というか、気持ちだ。これを受け取ってくれないか?」
そう言って、彼女に紙袋を手渡す。
膨れ上がった目だから、ちゃんと瞼が開いているか分からないが。
じーっと紙袋の中を見ているようだ。
「……なんです、これ?」
「あ、あの……俺の好きなお菓子だ。博多銘菓『白うさぎ』だよ」
「それはわかってます。私が聞いているのは、もう一つの方。パパが経営している『赤坂饅頭』が3つも入ってるんですけど?」
「いっ!?」
ヤベッ!
ひなたパパから貰った現金300万円も、一緒に紙袋の中に入ってた……。
「箱の中にお金が見えるんですけど。これも私への報酬ですか?」
「ち、違うぞ! それはひなたのパパさんが、前に俺へくれたんだ……仲良くしてくれって。だから返そうと」
「つまり、パパがセンパイを、お金で買おうとしたってことですか?」
「まあ……親だから、ひなたに何かをしたかったんじゃないか」
「最低っ!」
重たい空気が流れる。
どう、別れを告げたらいいものか……と困っていたら。
沈黙を破ったのは、ひなただった。
「報酬って……そんなのいらないです。私が欲しかったのは、新宮センパイだけでしたから」
「悪いがそれは無理だ……。でもひなたなら、きっといい人がすぐ見つかると思うぞ? 可愛いし、動物が好きだろ? ちょっとガサツな所もあるが、ショートカットも似合ってるし……」
と喋っている途中で、急にひなたが距離を詰めて、俺をじっと見つめる。
「ひなた?」
「センパイ……最後まで口が悪いですね」
気がつけば、俺の視線は窓の向こうだ。
青い空が見える。キレイだなぁと感動している場合ではない。
なぜなら、頬に激痛が走っているからだ。
咄嗟に左手で押さえると、熱を感じる。
相変わらず、素早いビンタ。
ひなたとの出会いも、これが始まりだった。
何かと彼女は、俺の頬を叩く人間……。
視線を戻すとひなたが、涙を浮かべて叫んでいた。
「そんなに報酬をあげたいなら、これぐらい準備してくださいよっ!」
「え?」
何を思ったのか、ひなたは俺のTシャツの首元を掴んで、引っ張る。
一瞬、バランスを崩して、倒れそうになったが……。
彼女がそうさせなかった。
小さな唇で、俺をキャッチしたから。
叩いてない頬に、ひなたがキッスしたのだ。
「……え?」
「もう、これでおしまいです! いいでしょ? 思い出なんだから!」
「あ、その……」
「さよならっ! ミハイルくんとお幸せに!」
そう言うと、彼女は背中を向けて走り去って行く。
「これで良かったのか……あっ!」
足元に残された、紙袋に気がつく。
ひなたのやつ、お菓子と現金を忘れてやがる。
今からでも追いかけようと、紙袋を手に持つと、足音が近づいてきた。
「あのっ! そのお金はご祝儀なんで、お二人の結婚に使ってください! どうせパパはあげるつもりでしたからっ! それじゃ!」
「えぇ……」
マジで貰っていいのか?
※
一人、廊下に取り残された俺は、放心状態に陥っていた。
女の子をあんなになるまで、傷つけてしまった……と後悔している。
それならもっと早くに、ミハイルを選べば良かった。
と考えているうちに、その本人がご登場。
顔を真っ赤にして、涙を浮かべている。
「タクトぉ~! やっぱり、優しくしたじゃん! ほっぺチューぐらい避けてよ!」
うわっ、めっちゃ怒ってる。
どうしよう……。
「いや、ひなたも泣いてたしさ。これぐらいなら……良いかなって」
「良くない! すぐにタクトの汚れを落としてやるっ!」
興奮したミハイルは、俺でも手がつけられない。
馬鹿力で俺を床に押し倒し、馬乗りになると……。
「オレがキスマークつけて、タクトのほっぺをキレイにするんだ!」
と叫び、ひなたがキスした頬に、自身の小さな唇を押しつける。
確か年末もマリアにされたからと、アンナモードで同じことを試みていたが……。
中身は一緒だ。
「ちゅっ、んちゅ……ちゅっ! あれ? つかない」
今までの俺だったら、このまま彼が満足するまで黙って我慢していただろう。
しかし、一度『あの味』を知った男ならば、もう理性を保っていらない。
「ミハイル。悪いが、そこからどいてくれ……」
「なんでっ!? 逃げる気なの? オレ、怒ってるんだよ!」
「いや……逃げる気など無い。逆に俺の方がキスしたくてたまらないんだ」
どストレートな告白に、顔を真っ赤にするミハイル。
「なっ!?」
力が緩んだことを確認すると、すぐさま立ち上がり、彼をお姫様抱っこする。
そして、近くにあった誰もいない教室へと入って、ドアの鍵をかける。
互いの身長差を考慮して、教室の後ろにある棚の上にミハイルを座らせると。
彼の両手を背後の黒板に叩きつけ、強引に唇を奪う。
「んんっ……」
その後、理性を取り戻したのは、一時間目が終了するチャイムの音を聞いた頃だ。