気になるあの子はヤンキー(♂)だが、女装するとめっちゃタイプでグイグイくる!!!

結婚前のすれ違い


「よぉ~し、ミーシャ! 今から婚約パーティーだ♪ もつ鍋を作ってくれ! いつもの倍以上なっ!」
「うん! オレ、いっぱい作るよ☆ タクトとねーちゃんのために☆」

 どうして、こうなったのだろう……。
 あれだけ反対されていたが、ウイスキーの一本で鬼のヴィッキーちゃんは結婚を許してしまった。
 むしろ「早くミハイルを連れて行け」「二人はどこで住むんだ?」などと。俺たちを急かしてくる始末。

 帰るはずだった俺も、ヴィッキーちゃんによって、リビングへと戻され。
 婚約成立の宴会が始まるのであった。

 まあヴィクトリアからすれば、早く親父が用意した酒を飲みたいのだろう。
 ミハイルがかわいそう……ウイスキーに負けたもん。

  ※

 一時間ほど経ったころ、ヴィッキーちゃんはベロベロに酔っぱらっていた。
 ミハイルは俺の隣りに座って、鍋をつつく。

「タクト? おかわり、いる?」
「いや……もういいよ」

 ヴィクトリアに無理やり、食べさせられたからな。
 腹が痛い。

「うぇ~ お前ら、幸せになれよぉ~ 不幸になったらぶっ飛ばすからな……タクト」

 どちらにしろ、このお姉さんは俺をぶっ飛ばすつもりなんだろ。
 だが弟のミハイルは、嬉しそうに微笑んでいる。

「ふふ、ねーちゃん。うれしそう。ここ最近、元気なかったもん。やっぱりあれかな? タクトが来てくれたからじゃない?」
 と上目遣いで話しかけてくる。
「まあ……安心してくれたのかもな」
「そうだね☆ これでタクトと安心して、結婚式をあげられるね☆」

 ん? 今ミハイルのやつ、変なことを言っていなかったか?
 結婚式を挙げる……冗談だろ。

「あ、タクトさ。今のオレ、どう思う?」
 そう言って、自身の短い髪を触る。
「え? 別に良いんじゃないか? ショートも似合っていると思うぞ」
「そ、そう意味じゃないよっ! 長い髪に戻した方がいいかなってこと!」

 いきなりなんだ? そりゃポニーテールの頃も好きだったが……。
 まあ長い髪の方が、今後も女装しやすいよな。
 そういう意味なのか。

「う~む。俺としては正直、どちらでもいいかな。確かにミハイルのイメージって、ポニーテールだったが。ケンカして短く切った時は驚いたけど……今じゃその髪型もカワイイって思うぞ」
 俺の答えに、顔を真っ赤にして怒り始めるミハイル。
「ち、違うよっ! そういうことじゃないじゃん! 結婚式を挙げるなら、ウェディングドレスを着るでしょ? なら長くした方が似合うじゃん!?」
「……は?」

 ちょっと待てよ。
 結婚式、ウェディングドレスだと?
 一体、ミハイルのやつ何を言っているんだ。
 俺たちは男同士、法的に認められるかは別として。
 同性婚なのだから、ウェディングドレスなんて必要ないだろ。

 それに……俺は結婚式なんて考えていない。

 頭を整理し終えたところで、彼に自身の気持ちを伝える。

「ミハイル、勘違いしているぞ。俺は結婚したいとは言ったが……結婚式を挙げるつもりはないぞ? 告白の時と同じく。二人の中で誓約を立てれば、それでいいんだ」
 そう言うと、彼はこの世の終わりのような顔で、俺を見つめる。
「ウソ……? 結婚式しないの?」
「ああ、する必要ないだろ。俺たち二人だけの問題だ」
「じゃあ、タクトは……オレがウェディングドレスを着ているところ、見たくないの?」
「どういうことだ? ドレスってことは、女が着るものだろ? つまりアンナになって、ドレスを着るのか? それなら式を挙げる必要性あるか。別にコスプレでも良いだろ」
「……」
 うつむいて、黙りこんでしまうミハイル。

「俺はミハイルと結婚するんだ。男ならウェディングドレスは、着られないんじゃないのか? したことないから、よくわからんが……」
「……カッ」
 ぽつりと小さな声で、何かを呟くミハイル。
「は?」
 
 急に顔を上げたと思ったら、顔を真っ赤にして叫ぶ。
「タクトのバカッ! 結婚したいって言ってくれたから、楽しみにしてたのにっ!」
「え……?」
「タクトなら、見たいって言ってくれると思ってたのに。オレがバカだったよ!」
「ちょっと待て……一体どういう意味……」
 言いかけている際中で、彼に遮られる。
「もういい! この話は終わりっ!」
「……」

 それ以来、ミハイルが結婚式やドレスの話をすることはなかった。

  ※

 いざ結婚が決まり、甘々なカップルの生活が待っていると思ったが。
 そんな暇は、全然ない。

 毎日新しい生活に、慣れるので精一杯だ。
 俺はBL編集部で倉石さんと一緒に、色んな会議や作家さんとの打ち合わせ。
 たまに本屋へ顔を出して、BLコーナー担当の女性スタッフに自己紹介したり……。
 バイトとは思えないぐらい忙しい毎日。

 色んな人間の顔を覚えるのに苦労する。
 ヘトヘトになって、帰宅したころ。一ツ橋高校のレポートを作成する。
 他にも新しく転生した小説家、『古賀 アンナ』として、BL作品の原稿も仕上げ。
 動画で話題になったことで、編集部からインタビューを受け、エッセイを書いたり。

 恋人のミハイルとデートすることは、なかなか実現できなかった。
 別に結婚式の話で、仲が悪くなったわけじゃない。

 彼自身も今後のために、仕事をするようになったから、忙しいのだ。
 宗像先生が出資して、オープンしたオーガニック専門のカフェ。
 店長は見た目がシャブ中の売人みたいなおじさん。
 夜臼(やうす) 太一(たいち)先輩だ。
 ちなみに一ツ橋高校に在籍してるので、アラフォーだが現役男子高校生。
 その夜臼先輩が経営するカフェで、ミハイルは働くことになった。

 主に先輩が仕入れてきたオーガニック食品で、スイーツやコーヒーなどを販売している。
 身体にも優しく太りにくいと主婦層に、人気のあるショップ。

 そんな毎日を送っていると、あっという間に一年が過ぎてしまう。
 ミハイルとも会えない日々が続いている。
 寂しいが今は未来のため、がむしゃらになって働くべきだと、自分に言い聞かせている。
 まあ、唯一会えると言ったら、一ツ橋高校のスクリーングなのだが……。
 ここ数ヶ月は、俺の仕事が土日も入っており、遅刻や欠席が多い。

 
 だがある日、編集部で雑務をこなしていると、倉石さんに呼び止められた。

「琢人くん。あなた、そろそろ受験勉強は大丈夫なの?」
 あ、ヤベっ……すっかり忘れていた。
「えっと、まだ何もしてないです……」
「はぁ……それじゃ正社員になれないでしょ? 今日はもういいから、学校の先生と相談してきなさい」
「すみません、お疲れ様です」

 編集部を出ると、そのまま天神経由で、一ツ橋高校がある赤井駅へと向かう。
 今の俺は、高校生と思えない姿をしている。
 自分で買った紳士服に革靴。頭はポマードでセットしたビジネスマン……。
 まあ倉石さんに言われて、やっているに過ぎないけど。

 ~40分後~

 久しぶりに見た長い坂道、通称心臓破りの地獄ロードは、どこか小さく見えた。
 あんなにキツいと嫌がったこの坂道でさえ、懐かしさを感じる。
 この一年、駆け足で過ごしてきたからかもしれない。

 校舎が見えて来たところで、裏口に入る。
 一ツ橋高校の玄関をくぐると、すぐに下駄箱が見えた。
 上履きに履き替えて、階段を登った先。右手に小さな扉がある。
 ここが一ツ橋高校の事務所だ。

 ドアノブを回そうとした瞬間。
 反対側で誰かが、扉を開く。

「「あ」」

 目の前に立っていたのは、ポニーテールの美少女……ではなく、男のミハイルだ。
 ちょっと見ないうちに、髪型が変わっている。
 以前より、もっと髪が長く伸びていた。

 事務所の入口で、お互い見つめあって、固まること数秒。
 最初に話しかけてきたのは、ミハイルからだ。

「そ、その……タクト。久しぶりだね☆ 元気にしてた?」
「おお……元気だったさ。忙しくてな。いつもスクリーング、ひとりで寂しくないか?」
「うん、寂しいけど。我慢できるよ☆ あと、もう少しで卒業だし……」
「そうか。実は今日、ちょっと宗像先生に用があってさ。それで寄ったんだ」
 俺がそう言うと、ミハイルはどこか寂しそうな顔をする。

「だと思った」
「悪いな。先生は今、事務所にいるか?」
「うん、いるよ☆ 奥でいつもみたいにコーヒーを飲んでいる。じゃあオレはお邪魔だから……」

 そう言うと、彼は俺に背を向ける。
 きっと、無理しているんだろう。
 この小さな背中をすぐにでも、抱きしめてやりたいたんだが……。
 今はダメだ。

 でも、その代わりに。

「待てミハイル!」
「え?」
「その……今の髪型、似合っているよ。すごく」

 たった一言だというのに、一気に顔色が明るくなり、嬉しそうに微笑む。

「ホント? ふふ、タクトはショートが好きかと思ってたから、不安だったんだ」

 俺はその笑顔を見て、決意した。
 大学の受験なんてさっさと片づけて、ずっとこいつのそばにいることを。
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