「槙野だったら、何味にする?」
「じゃあ、十八時くらいに集まろっか。駅まで迎えに行くよ。」

「いいよ、槙野の家知ってるし。うちの駅から二駅向こうだよね。」

ヤヨちゃんの家は、僕達の通う高校から近い。歩いて十分くらい。僕と涼太は家の最寄り駅が同じだ。高一の頃はよく一緒に帰ったりしてたけれど、今は違う。涼太がヤヨちゃんを家まで送っていって、それから高校の最寄り駅の方に引き返す。最近では僕と涼太は一人で電車に乗って帰る。
ヤヨちゃんが泊まりに来たこと以外にも、僕の家とか涼太の家で遊んだりはしていたし、駅からの道順を覚えているのは知っているけれど、いくら夏の夕方は明るいと言っても心配だった。
それでもヤヨちゃんは「二度手間になるからいいよ」と断った。

「分かった。気をつけて来てね。何かあったらすぐ電話して。」

「はい。槙野は過保護だなぁ。」

じゃあ、また後でねと言い合って、通話を切った。僕はまだ通話の余韻に浸っている。まさかこんなことが起こるなんて、さすがに思っていなかった。
いつもの意気地なしの自分が、サラッと誘えたことも、親が居ないことも、怖いテレビの放送日が今日なことも。すべてが奇跡に思えてくる。

僕は勢いよく椅子から立ち上がって、開きっ放しだった数学のドリルをバンっと閉じた。今はこのドリルに一切用は無い。

まだ一時前だけど、ヤヨちゃんが来るまでに部屋とか掃除しなきゃ。
そうだ、ご飯はどうしよう。僕が作れる物はカレー…は、なんだかこの家ではカレーしか出てこないみたいになっちゃうし、チャーハン?オムライス?それか宅配でもしてもらうか…。でも僕一人じゃ決められないから、ご飯のことを考えるのは諦めた。ヤヨちゃんが来てから一緒に考えよう。

十八時までに家をピカピカにする!僕は張り切って腕まくりをして、二階から階段を駆け降りた。
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