「槙野だったら、何味にする?」
もうすぐ二十時になる。ご飯も食べ終わって、片付けも済ませてある。冷房が効いているリビングは少し肌寒かったから、僕達は温かい紅茶を淹れた。

「そろそろテレビつけようか。」

テーブルに置いてあるリモコンに手を伸ばす。その手をヤヨちゃんが止めた。ヤヨちゃんの指先は少しひんやりした。それが空調のせいなのかは分からない。

「やっぱり観るのやめようか?」

ヤヨちゃんが言う。僕は戸惑う。

「え?でも…」

「やっぱりテレビはやめて、お菓子食べたりしてお喋りしようよ。」

「でも怖いテレビが観たいからお泊まりするんだし…。後悔するんじゃないの?」

「うーん。楽しみにはしてたけどさ。」

「じゃあお喋りもするしお菓子も食べる。テレビはつけるだけつけとこうよ。」

お泊まりの目的は「ヤヨちゃんが後悔しないように一緒に怖いテレビを観ること」。それを破ってしまったら、ちょっと悪いことをしてしまっている気持ちになる。なんで急にヤヨちゃんの気持ちが変わったのかは分からない。あんなに観たがっていたテレビを、ヤヨちゃんは今は絶対観たくないって感じがした。

「テレビはつけないでいいよ。」

「どうして?」

「わかんない。でもこのままがいい。せっかく槙野とお泊まりしてるのに、その思い出が怖いテレビになるのももったいないし。」

そんなのいつでも出来るよ、またしようよなんてことは言えなかった。いつでも出来るわけがないし、「また」は二度と無いかもしれない。この夜で終わりかもしれない。
この夜で終わりなら、ヤヨちゃんのしたいようにさせてあげることが僕の義務とすら思えてくる。
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